- 『罪の棲家(すみか)』 矢樹純著 朝日文庫 880円
- 『真犯人はこの列車のなかにいる』 ベンジャミン・スティーヴンソン著 富永和子訳 ハーパーBOOKS 1430円
- 『夢詣』 雨宮酔著 角川ホラー文庫 968円
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日常の裂け目に落ちた主人公を描きつつ、予想を裏切る展開を次から次へと用意して読者を翻弄(ほんろう)するスリラー短編を得意とする矢樹純。(1)は親子関係など家庭を題材にした作品を中心に収めた、現代日本ミステリきっての短編の名手によるノンシリーズ短編集だ。表題作は亡くなった父親の遺品の整理に集まった姉妹が実家の処分を巡って思いもよらない事態に陥る様子を描いた作品。物語が捻(ね)じれに捻じれた挙句(あげく)、「まさかそこに結び付くとは」という意外極まる結末へと着地するという矢樹短編の良質な面が凝縮された一編だ。
(2)は『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』で挑発的かつ手の込んだ趣向で謎解き小説ファンを唸(うな)らせた作者が、またもや読者に奇抜な手段で勝負を仕掛けてくる作品。自身の身に起きた出来事を基に小説を書いたアーネスト・カニンガムはオーストラリア推理作家協会が主催する豪華列車の旅に招待されるが、そこで事件に巻き込まれてしまう。犯人の名前が百三十五回出てくることを予告するなど、人をおちょくったような仕掛けを随所に施しながらも、フェアプレイを守った綺麗(きれい)な結末を用意してみせた点に驚嘆する。
(3)は第四十五回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。“死に至る夢”を見る精神科医と、「呪夢」と呼ばれる都市伝説を追うオカルトライターの姿を描く。伝播(でんぱ)する恐怖の根源を突き止めるというミステリ的な興味の引っ張り方と、畳み掛けるような展開で最後の一頁(ページ)まで怖がらせようとする姿勢に好感を持った。=朝日新聞2025年11月8日掲載