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高杉良「辞令」書評 人事の悲哀は永遠の課題

辞令 [著]高杉良

 春は悲喜こもごも、人事の季節である。会社人が3人集まれば人事の話になる、という。栄転も意に沿わぬ辞令もサラリーマン人生の一大ドラマなのだ。
 本書の主人公は左遷人事に翻弄(ほんろう)される大手電機メーカーの宣伝部副部長。登場するオーナー経営者も、上司にへつらう役員やその派閥に連なる中間管理職たちも、どこにでもいそうな人々である。そして、どこにでもありそうな人事抗争を繰り広げる。そこに、読者はみずからの会社人生を重ね合わせているのかもしれない。
 初刊は30年前。なのに、なぜか今も古くさい感じがしない。小説を地で行く企業事件が多発しているせいだろうか。近年、会計や検査をめぐる企業の不正事件が相次ぎ、経営危機に陥ったり、泥沼の派閥抗争で揺れたりする企業が後を絶たない。
 現実が小説世界に追いついてきたということか。いや、おそらく企業社会に常に内在する永遠の課題を、高杉小説が描き続けてきたということだろう。
 高杉良は1970年代から経済小説で名をはせた。同時代に活躍した城山三郎、清水一行らとともに、実在企業をモデルにした「企業小説」というジャンルを確立した立役者である。
 経済小説では近年、池井戸潤や真山仁ら次の次の世代の活躍が華々しいが、復刊版のヒットで往年の大御所人気もまだまだ健在であることを見せつけた。
 そこには社会の超高齢化という事情もありそうだ。60〜70代で現役の人が急増しているし、リストラで最も影響を受けやすいのは今も中高年世代。かつて高杉小説の中核ファンだったこの層が、今も現役意識をもったまま人事の悲哀を描く企業小説に共感しているのだろう。
 今後、若いファンの掘り起こしも十分ありうる。非正規雇用やブラック企業という新しい構造問題に直面している現代の若者たちこそ、企業社会への憤りを最も募らせている世代だからだ。復刊版のヒットは、そんな世相を浮かび上がらせている。
 原真人(本社編集委員)
    ◇
 文春文庫・918円=6刷14万3千部。17年11月刊行。88年に集英社から単行本が出て以来、3回文庫化されて累計は50万部。=朝日新聞2018年04月07日掲載