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椹野道流「祖母姫、ロンドンへ行く!」 無茶ぶりに学んだ自己肯定

 「祖母姫」とは何か? 我が儘(まま)で「姫」同然の「祖母」のこと。八十過ぎの「祖母姫」のたっての願いでロンドンに連れていくことになった。だが、介助の経験はない。長いフライト、食事の気遣い、移動の面倒、トイレ問題……と想像しただけでめまいがしそうな著者の若き日の旅の回想記である。

 「祖母姫」は派手好きで、豪華で優雅で美しいものしか許さない。大英博物館では建物の重厚さは気に入ったものの、ミイラやロゼッタストーンについては「干物や石ばっかり見せられてもね……」とパス!

 独特の審美眼と価値観でぴしゃりとコメントするさまが堂にいり、「偉そうで我が儘で厄介な婆(ばあ)さん」であった祖母が徐々に「頭の中に莫大な記憶と経験と知識を詰め込んだ、偉大な人生の先輩」へと変わっていく。祖母の半端でない自己肯定感が、「自分を信じて努力した結果」であるのを学ぶのだ。

 宿はロンドンの一流ホテルで、若くてハンサムなバトラーがついた。彼の働きぶりがすばらしく、祖母のプライドを傷つけることなく自然なサポートをする。ほかにもホテルのスタッフたちの仕事にかける熱意は本書の魅力のひとつだ。

 著者の顔は祖母と似ておらず、服装も地味好み。スタッフは彼女を孫でなく秘書だと思っているらしく、しだいに力を合わせて「祖母姫」にいい夢を見てもらおうという仲間意識に燃えてくる。滞在最後の夜のサプライズ、出発当日に祖母が思いついたバトラーへのお返しなど、誇り高い老人とそのお世話をする人たちとの真剣なやりとりに、古風な英国コメディーの趣が漂う。

 道中「祖母姫」の無茶(むちゃ)ぶりに泣きたくなることもあったはずだが、何十年前の旅を回想しながら著者が思うのは、あの旅がいまの自分を作ってくれたということ。その気づきがしっとりした味わいとなって笑いの後を追ってくる。=朝日新聞2024年4月6日掲載

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 小学館・1760円。10刷4万2千部。小説投稿サイトでの連載をもとに、昨年4月刊行。「祖母姫と孫娘、どちらにも共感できる点が多く、幅広い年齢層から支持を得た」と担当者。