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「墓石が語る江戸時代」書評 大規模調査から見えてくる事実

評者: 山室恭子 / 朝⽇新聞掲載:2018年04月28日
墓石が語る江戸時代 大名・庶民の墓事情 (歴史文化ライブラリー) 著者:関根 達人 出版社:吉川弘文館 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784642058643
発売⽇: 2018/03/16
サイズ: 19cm/238p

墓石が語る江戸時代―大名・庶民の墓事情 [著]関根達人

ねえ、あなた。お墓どうします?
 いまどき「磯野家之(の)墓」みたいなのも、うーん。
 古風でいいじゃないか、って、いえいえ。江戸時代のお墓をテッテイ的に調べた興味深い本があるのよ。
 悉皆(しっかい)調査って言ってね。ある地域に存在するお墓を総ざらい調査するの。数千基単位になるそうよ。
 お墓って、ふつうに写真撮っても碑文読めないでしょ。だからカタクリコを使うの。表面に手のひらでなすりつけると碑文だけ白く浮き上がる。カシャ。終わったら、ブラシでさらさら落とす。ねえ、私たちも子育て終えたら、調査員に変身してお墓めぐりしましょうか。「慣れてくれば、一日に二人一組で百基近く」なんていう著者さんには到底かなわないけど。
 でね、このシッカイ調査でいろんなことが分かるのよ。飢饉(ききん)の際、藩の報告書は幕府に叱られたくなくて死者数を過少申告するけど、墓石数はウソをつかないとか。唐破風型の優美なお墓は、北陸の三国湊(みくにみなと)から流行(はや)りだして、船でどんぶらこと運ばれて蝦夷地(えぞち)の松前でも人気になったとか。
 この墓石研究が全国サイズのビッグデータになったら、人と物と文化のダイナミックな動きが見えて、新しい歴史が描けそうね。
 著者さんが14年かけて調査された墓石は3万988基、被供養者数6万2183人。すごい数だけれど、アレッって思ったのよ。一つのお墓に平均たった2人。より詳しく見ると、じつは1人墓が圧倒的で、江戸時代も終盤となる19世紀になって、ようやく夫婦や親子の家族墓が増え始めるの。そこから先祖代々のお墓にまでなるには何世代もかかるはずよ。
 ね。今、私たちが古風だなあって感じてる「磯野家之墓」スタイルは、たかだか明治時代以降の産物なのよ。自由に選んでもいいんじゃないかしら。
 やっぱり古風がいい? じゃあ、こうしましょう。じゃんけん……
    ◇
 せきね・たつひと 65年生まれ。弘前大教授(考古学)。著書に『モノから見たアイヌ文化史』など。