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フィリップ・カー「死者は語らずとも」書評 差別や社会の闇に挑むヒーロー

評者: 末國善己 / 朝⽇新聞掲載:2016年12月11日
死者は語らずとも (PHP文芸文庫) 著者:フィリップ・カー 出版社:PHP研究所 ジャンル:SF・ミステリー・ホラー

ISBN: 9784569765570
発売⽇: 2016/09/10
サイズ: 15cm/701p

死者は語らずとも [著]フィリップ・カー

 ナチ嫌いのグンターが活躍するシリーズは、1936年のベルリンに始まり、第5弾は50年のアルゼンチンが舞台となっていた。
 第6弾の本書は、第1弾の2年前のエピソードなので、シリーズ初見の読者も戸惑うことはないはずだ。
 絶妙なタイミングで刊行される小説がある。ユダヤ人排斥とオリンピック会場の建設が急速に進むベルリンで起きた事件が、54年のキューバで決着する本書はまさにその1冊である。
 日本では過激なヘイトスピーチが後を絶たず、オリンピック利権の闇が話題となり、キューバでは作中に名前が出てくるカストロが亡くなった年に翻訳された偶然に驚かされるだろう。
 反ナチを貫いて警察を辞めホテルの警備員になったグンターは、アメリカ人レルズの部屋から中国明代の小箱が盗まれたなど、ホテルで発生した事件を調べていた。同じ頃、ドイツのスポーツ界のユダヤ人差別を取材する米国の女性作家ノリーンを手伝うことになったグンターは、ユダヤ人の拳闘選手が不可解な死を遂げた謎も追うことになる。
 一見すると無関係そうな事件、20年の隔たり、遥(はる)か離れた国を意外な線でつなぎ、驚愕(きょうがく)の真相を導き出す終盤の展開は圧巻。何より、虚実を混交し、戦前のドイツと戦後のキューバでしか成立しない謎解きを作っているのが素晴らしい。
 自由を縛るすべての体制を嫌っているグンターは、アメリカが、ナチの差別主義を批判しながら国内では黒人を差別し、中南米に傀儡(かいらい)政権を置いて反体制派を弾圧している欺瞞(ぎまん)も暴く。さらに革命後のキューバが一党独裁になれば、国民は幸福になれないと考える。
 差別主義者にシニカルな言葉をぶつけ、窮地に陥っても信念を曲げず社会の闇に挑むグンターは、時代が求めるヒーローといえる。世界中がグンターの嫌う方向に進みつつあると思えるだけに、新作の翻訳はもちろん、品切れの状態の初期3作の再刊も期待したい。
    ◇
 Philip Kerr 56年、英スコットランド・エディンバラ生まれ。作家。『ベルリン・レクイエム』『密送航路』など。