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青柳碧人さん「オール電化・雨月物語」インタビュー 古典怪談を近未来の家電にアレンジ!?

青柳碧人さん=種子貴之撮影

懐かしい家電が並んだ博物館で着想

――『オール電化・雨月物語』は怪談の名作として名高い上田秋成の『雨月物語』を、大胆にアレンジした短編集です。着想の出発点はどこだったのでしょうか。

 取材で大阪の門真市にあるパナソニックの博物館を訪ねていて、「家電の話を書きたい」と思ったんです。しかも現実にある家電ではなく、少し未来の家電を登場させて、不思議な物語を書いたら面白いんじゃないかなと。それで浮かんできたのが『オール電化・雨月物語』というタイトル(笑)。内容より先にタイトルが生まれたんですが、これは面白くなりそうだと直感しました。

――青柳さんは昔話をミステリーとして描いたヒット作『むかしむかしあるところに、死体がありました。』のように、先行作をアレンジするのがお得意ですね。

 もちろんオリジナルを書くのも好きなんですが、元ネタがある場合はそれをアレジする楽しさがありますし、読者にも「こう変えてきたか」とにやっとしてもらえる面があります。『雨月物語』は原典を読んでいない人も多いと思いますが、現代人が読んでもすごく面白い。完全オリジナルで近未来を舞台にすると、何でもありになってしまいそうでしたし、今回は『雨月物語』を下敷きにさせてもらいました。

――怪談好きの青柳さんから見て、『雨月物語』の魅力とは。

 9話それぞれ違った面白さがある、バラエティに富んだ怪談集であるという点でしょうか。いわゆる幽霊の怖さだけでなく、「夢応の鯉魚」のような不思議系もあれば、「貧福論」のようなお金の精が出てきてお金儲けについて語るだけ、そもそもこれは怪談なのか?という作品もある。江戸時代の読者がどんな怪談を面白がっていたのかが伝わってきます。この幅広いラインナップを読んでいると、ある意味現代の怪談ブームにも通じるような時代だったのかなと思いますね。

青柳碧人『オール電化・雨月物語』(PHP研究所)

変わらない人間関係、変わるテクノロジー

――青柳版『雨月物語』は「シラミネ」から幕を開けます。崇徳上皇の怨霊を描いた原典の「白峰」を、化粧品メーカーの跡継ぎ問題に変更しています。

 舞台は大きく変わっていますが、自分を追い落とした者たちに対する怨み、というポイントはずれていないと思います。江戸時代と現代とでは価値観や道徳が異なりますが、根底にある人の心は変わりがないはずですから。しかしふり返ってみると1話目はかなり原典に忠実ですね。中盤以降、原典から大きくずれていくので……(笑)。

――続く「夢応のリギョ」は、手術を受けていたアーティストが魚になった夢を見るという物語。夢と現実の交差を描いた原典の「夢応の鯉魚」が、遠隔手術システムというテクノロジーによって現代によみがえります。

 2話目にしていきなりミステリーっぽくなってしまいました。魚になって釣り上げられる夢を見たとなると、どうしても事件の目撃者という発想になってしまう。ミステリー作家の性ですね。遠隔手術の技術には以前から興味を持っていたのですが、これがトリックに利用できると思いついて、魚の夢と絡めながら書いてみました。

――原典からの大ジャンプに驚かされたのが「ブッポーソウ」。秋成の「仏法僧」では高野山の霊廟に豊臣秀次一党の霊が出現するという話ですが、それが深夜のコインランドリーに置き換えられています。

 家電からストーリーを作ることもあって、「ブッポーソウ」はそのパターンです。自動で服を畳んでくれる洗濯機があればいいなと常々思っているんですよ。それを書きたいというのが第一にありました。原典は位の高い幽霊が出てくる話なので、こちらは深夜のコインランドリーにお嬢様が現れてディナーを食べている、という風にアレンジしました。

――女性Vtuber2人の友情と別れを描いた物語は、原典にまったくない部分ですよね。しかしその部分があるからこそ、怪異のパートが深みを増してくる。見事なアレンジだと感銘を受けました。

 原典では秀次が俳句を所望するんです。それを現代風にするなら、タブレットで作った音楽を聴きたがるという形かなと。じゃあどうして主人公は音楽を作ったんだろう、という部分を掘り下げるうちに、こういう物語になりました。実はこの人の正体は……という仕掛けのある叙述は実話怪談では許されないものですし、創作怪談をやるからには一度書いておきたかったですね。

現代怪談にも通じる「蛇性の婬」の怖さ

――近未来、怪談はこういう形に進化するのかも、と思わせてくれるのがバーチャル空間の友情を描いた「キッカの契り」と、無人タクシーにお金の精が現れる「ヒンプク論」です。

 テクノロジーが進歩しても、それに合わせて怪談も進歩していくはず。実際、VRの世界ではすでに怪談が生まれているみたいですからね。無人運転の時代が到来したら、タクシー怪談はどうなるんだろう、というのが目下の関心事です。これまでは運転手が後ろをふり返ったら誰もいない、というパターンでしたが、自動運転が普及したら誰が体験者になるのか。その答えを自分なりに書いてみました。

――もっともホラー度が高いのが「蛇性のイン」。原典「蛇性の婬」の廃屋を潰れたラブホテル(inn)に置き換えながら、執念深い蛇に魅入られる怖さを、不条理な展開とともに描ききっています。

「蛇性の婬」の怖さって現代怪談にも通じるものなんです。主人公の男はこれといった落ち度がなく、災害のように蛇に魅入られる。周囲の人がおかしくなってしまうという展開も理不尽で怖いですよね。こうした怖がらせ方はそこまで得意というわけでもないですし、自分の怖さの好みからも少しずれるのですが、原典の怖さに近づけるように頑張ってみました。

――毎回出てくるユニークな家電も注目ポイント。「アオズキン」では着用するだけで涼しくなるパーカーのような装置が登場し、「キビツの釜」では原典の鳴釜神事が、音を発する電気釜に変えられていました。

「キビツの釜」は電気釜でいこうとすぐに決まりました(笑)。原典の「吉備津の釜」を読んで印象的だったのは、主人公の男のだらしなさです。裏切られた妻の抱く怨みよりも、そっちの方がテーマのように思えた。それで『仁義なき戦い』のような話し方をする義父にこらしめられる話にしようと思いました。原典には「吉備津の釜」をはじめ女性の怖さを描いたものが何作かありますが、そのまま書くと読み味が似てしまう、という事情もあります。

――その分、現代の読者にも受け入れやすい連作になっている気がします。ラストを飾る「アサヂが宿」は夫の帰りを待ち続ける妻の物語「浅茅が宿」が、沖ノ鳥島に単身赴任中の妻を待つ夫の物語に書き換えられていました。

 子供は欲しくない、ばりばり働いてキャリアを積みたいという女性は、江戸時代には珍しくても現代では普通のことです。そういうキャラクターも出しておきたいと思いました。あとはタイトルに「宿」と入っているので、家の話にしようと。夫は子供を欲しがっていますが、本当は両親がいて子供がいるという家が欲しいのかもしれない。幸せな家に対する思い入れという点では、そこまで原典から離れていないと思います。

青柳碧人さん=種子貴之撮影

科学技術が進んでも、不思議な話はなくならない

――ミステリー作家として活躍されている青柳さんですが、最近は『怪談刑事』や『怪談青柳屋敷』など、怪談方面のお仕事も増えてきましたね。

 意図してこうなったというわけではないんですが、やっぱり好きな方に引き寄せられていくんでしょうね。怪談はあくまで趣味で、仕事にするつもりは全然なかったのですが、いつのまにか本業の一部になっていて(笑)。

――怪談好きになったのはいつ頃からですか。

 それは子どもの頃からでしょうね。児童書の『学校の怪談』とか、テレビの『あなたの知らない世界』とか、その手のものが好きな小学生でした。ただそこまでホラー系にどっぷりというわけではなくて、高校・大学時代には一度離れているんです。戻ってきたきっかけは、2000年代初頭に放映されていたドラマの『新耳袋』。1話5分という短さと、「そこで終わるの?」という起承転結を無視した、実話っぽい作りに衝撃を受けました。そこから原作本を読むようになり、実話怪談を追いかけるようになって今にいたります。最近は実話怪談を語る人が増えたので、いい時代だなと感じています。

――ご自身でも怪談を集めて本にされていますが、霊的な世界を信じていますか。

 うーん……、ないとは言い切れないですよね。というのも自分自身が2度ほどそういう体験をしているからです。1度目は小学3年の時、家族でドライブをしていたら霧が出てきて、前の車のテールランプを頼りに山道を走っていたんです。しばらく前の車を追いかけていた父親が急ブレーキを踏んで、どうしたのかと思ったら、目の前に崖が広がっていた。よく聞く話ですけど、実体験なんですよ。それよりも印象的だったのは、さらに走った先にだだっ広い駐車場があって、誰もいないのにドラム缶で火がごうごうと燃えていた。それを見た母親が「ああ、狐火だね」と呟いたことです。あの山全体が、なんだか妙な雰囲気でした。

――ご家族でそれを体験されたんですね。2度目は?

 29歳の時に、滋賀県のとある山に登っていたら、背後からずっと声がついてきたんですよ。男の声で何を言っているのか分からない、でも明らかにこっちに話しかけている感じなんです。気になって立ち止まると、声も止む。歩き出すとまた声が聞こえるという感じで、しばらく声につきまとわれました。あれは一体何だったんだろうと今でも不思議です。

――同じ怪談系でも昨年刊行の『怪談刑事』は、怪異をミステリー的に解き明かすという内容でした。純粋に不思議な現象を扱ったのは、『オール電化・雨月物語』が初めてではないでしょうか。

 言われてみればそうかもしれません。ホラーや怪談好きの方にも、手に取ってもらえたら嬉しいですね。この作品は近未来を舞台にしていますが、どんなに科学技術が進んでも不思議なことはなくならない、すべえてが解明されるわけではないという思いで書いています。人間がいる限り嫉妬や怒りや愛情は生まれるし、不思議を面白がる気持ちもある。それは『雨月物語』の書かれた時代から、そこはずっと変わっていないと思うんです。