「ポール・マッカートニー 告白」書評 曲作りを楽しむ天才に共感
ISBN: 9784907583583
発売⽇: 2016/06/10
サイズ: 21cm/537p 図版16p
ポール・マッカートニー 告白 [著]ポール・デュ・ノイヤー
ビートルズはぼくの世代、とりわけ音楽に携わるものにとって避けて通れないランドマークである。しかし20代の自分に、その衝撃はすぐにはやってこなかった。ラジオで聞いたヒット曲「抱きしめたい」(1963年)はいい曲で好きだったが、そのあまりにもアイドル的な人気や、失神するロンドンの女の子のニュース映像を、ぼくは横目で見ていたものだ。
ところがアルバム「ラバー・ソウル」(65年)から見方が変わった。そこには予想外の新しい音楽が詰まっていたのだ。そして「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(67年)とBBCのテレビ映画用に制作され、後にアルバムとして編集された「マジカル・ミステリー・ツアー」(67年)で、ぼくは彼らの魔法にすっかりやられてしまった。音楽はマジカルな力を秘めたもの、と思うようになったのだ。
その力の秘密が著者とポールのやりとりから解明されるのではないかと期待しつつ読み進むうちに、ぼく自身の音楽に対する衝動や楽観性を再認識することになった。なるほど、秘密なんてない。あるとしても人にではなく自分の中にあるのだと、ポールの言葉を通して納得できた。音楽家としてのキャリアや才能は比べようもないが、ぼく自身の音楽への接し方も、不思議なことに天才ポールとある程度共通したものがある、と確認できたのである。
たとえば、ポールが自分の音楽人生の中で、特に作曲という行為を楽しんでいることに共感を覚える。本書では、大成功したビートルズやウイングスの興味深いエピソードも披露しているが、作曲という「魔法じみた実験」に携われる幸運について語ることも多い。こうした曲作りの話は本人にも説明が難しいのか、曖昧(あいまい)だ。しかし、この曖昧な表現こそがヒントであり、創造の「秘密」なのだ。
そのヒントとは「曲を書くときは、いつも運まかせ」「絶対に準備運動はしない」「いきなり飛び込んで、ベストの結果が出てくれるのを願う」「最高の曲はたいてい、ひと筆書きみたいな感じでできあがる」などなど。もちろん、そう言われたからといって誰しも名曲が書けるわけではないが、ポールのバックボーンがますます気になる。
本書では、ポールの子供時代の音楽体験も詳細に語られている。たとえばポールもジョンもロック以前の、20〜40年代の流行音楽を聴きかじり、家庭のパーティーで大人たちが歌う歌曲を楽しんでいた。こうしたポップスの伝統を受け継いでいるポールと仲間たちが、やがてロックという新しい音楽で世の中を変えてしまったのである。
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Paul Du Noyer 1954年、英リバプール生まれ。音楽ジャーナリスト。記者を経て、音楽月刊誌「MOJO」の創刊編集者を務め、エンターテインメント誌「HEAT」の立ち上げに尽力。