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マンガ研究最前線、豊富な知見

2017年に刊行された、マンガをめぐる研究書の数々

 今回は、2017年に発行された「マンガ研究」本の中から、当マンガ塾の“参考書”として手に取っていただきたい本を、いくつか紹介しよう。
 現在の「マンガ研究」の中心となっているのは、「マンガ表現論」と呼ばれる分野である。マンガ独特の記号やコマ割り、キャラクターを構成する造形的要素といったマンガ表現の効果を分析することで、マンガが持っている独自の形式を抽出するという試みだ。鈴木雅雄・中田健太郎編の論文集「マンガ視覚文化論 見る、聞く、語る」(水声社)は、「マンガ表現論」を提唱したひとりである夏目房之介や、著書「テヅカ・イズ・デッド」でその議論を更新した伊藤剛ら、「マンガ表現論」の最重要研究者を執筆者にそろえた。
 マンガを「見る/読む」という経験を、「近代」的枠組みとの関係の中で捉え直すことで、より広い人文社会科学の文脈にマンガ研究を接続させただけでなく、マンガの側から新しい知見を提供し得る可能性まで提示している。正直、かなり難解な学術書だ。しかし、マンガ研究の最前線が、こんなところにまで来ているのか、ということを知ることができるだろう。

表現法の効果分析

 稀見理都(きみりと)著「エロマンガ表現史」(太田出版)は、「マンガ表現論」のケーススタディーだ。本書では、乳房や性器、その代替物としての「触手」といった身体パーツや、性行為を表現する擬音語・擬態語が、「エロマンガ」という分野においてどのように表現されてきたのかが具体的に分析される。
 このジャンルになじみがない人には、極端にデフォルメ化された性表現は、驚きを通り越し、笑いの対象にすらなってしまうかもしれない。しかし、エロマンガは、第一義的にポルノグラフィー、つまり現実の性行為の代替物として発展をしてきた。身体性が重要であるところの性行為が、2次元のマンガでなぜ代替できるのか。あるいは、なぜフィクションであるはずのエロマンガが、現実の人々を守るための法律で規制の対象となってしまうのか。本書は、これまで「表現の自由」といった観念的な概念で議論されがちだった性表現の規制問題に、「マンガ表現」という別の視点から切り込むヒントも与えてくれるだろう。

独自の視点でマンガ史

 マンガの編集者・原作者であり、研究者でもある大塚英志(えいじ)が、これまでの自身のマンガ研究の知見をふんだんに盛り込み、わかりやすい「学習マンガ」風の原作を提供したのが「まんがでわかるまんがの歴史」(ひらりん画、KADOKAWA)だ。そもそもマンガ史を通史的に書いた研究書も決して多くはないが、「マンガ表現」の歴史をマンガで表現する試みは、意外にもこれまでほとんどなかった。本書は、戦前のマンガや海外のマンガも対象とし、広い視野で「歴史」を描くことに成功しているが、情報を淡々と積み重ねる形で提示しがちな従来のマンガ史とは違い、歴史に対する著者独自の視点、つまり「史観」がはっきりしているという点で新しい本でもある。
 40年近く描き続けられている歴史大河ギャグマンガ「風雲児たち」の作者であり、マンガ研究者でもある、みなもと太郎も、シリーズとなる「マンガの歴史」(岩崎書店)の第1巻を刊行した。子ども向けに書かれた文章中心の本だが、歴史を記述すること自体に対する確固たる思想を持った「歴史家」でもあるからこそ、書けた一冊だ。
 この2冊が同時期に出たのは偶然ではないだろう。マンガの歴史だけでなく、マンガ研究の歴史も振り返る時期に差し掛かりつつある、ということなのかもしれない。=朝日新聞2017年1月26日掲載