4年半勤めていた新聞社を辞めて、飛び出した世界一周一人旅。その旅程を決める時に、まず行きたいと思っていた国の一つがポルトガルだった。それまでお隣のスペインには何度か行ったことがあったが、ポルトガルには行ったことがなかった。旅人のバイブル、沢木耕太郎の「深夜特急」で出てくる、ユーラシア大陸横断の“ゴール”として位置付けられている国だ。せっかく世界一周をするなら、沢木耕太郎と同じ景色を見たい。そこで何かが変わる気がする…そんな妄想を膨らませながら、かねてから行きたい行きたい行きたぁぁぁい、と強く思っていた。
滞在していたポルトガルの首都、リスボンはずっと雨続きだった。急な坂が多く、だいぶ健脚を必要とされた。それでも、名物エッグタルトやいわし料理、チェリー酒は美味しいし、可愛らしくこじんまりとした街並みも気に入っていた。想像していた通り、素敵なところだった。
リスボン3日目の朝。7時ごろ目が覚めて、列車で40分ほどのところにあるシントラという街へ向かった。街そのものが世界遺産で、シントラ宮殿やムーア人の城跡があるのだが、私の目的は「ロカ岬」。何て言ったってユーラシア大陸最西端の岬である。私は沢木耕太郎のようにユーラシアを陸路で横断していないけれど、ユーラシア大陸最西端と聞くと、感慨深いじゃないか。
駅からロカ岬行きのバスを待つ。ほとんどがアジア系観光客で、ここがポルトガルであることを忘れそうになるのだが、どうやら日本人は私だけの様子。「はるばる日本から、深夜特急に出ていたロカ岬にいくんじゃい」と自分を励ます。
実際、バスから降り立ってみると、記念碑と小さな土産物店があるぐらいで何もない。ただの岬といえばただの岬だ。風が強かった。波も荒かった。私以外の観光客は2人以上できていたから互いに思い思いに、風景と人物の写真を撮っていた。私は「沢木耕太郎の書いたロカ岬」にいるのに、自撮りをするのもなんだか気が引けて、風景写真を何枚か撮影した。そこにいるだけで満足だった。
沢木耕太郎の「深夜特急」を読みふけった旅人はたくさんいると思う。旅自体は随分と前の話なのに、ここまで読み継がれているのは沢木さんの観察眼と筆力がずば抜けているからだろう。文庫本で全6巻出ている。香港・マカオから旅を始めて、最後ヨーロッパにたどり着くまでを描いた紀行エッセイだ。旅のワクワク感も、旅疲れも、旅の時に感じる寂しさも喜びも憂いも興奮も、丁寧に書かれている名著だ。
私が特に好きなのは6巻。「旅の終わり」を沢木さんが感じる場面だ。
ふと、私はここに来るために長い旅を続けてきたのではないだろうか、と思った。いくつもの偶然が私をここに連れてきてくれたP159-160
超かっこいい。キザと言われようが、なんと言われようが、こんな素敵な文章が自然と湧き出てくるような旅をしたいと、この6巻を読んだ時に思ったのを覚えている。それで本を読んでから3年ぐらい経ってから、ようやく旅が実現したのである。あぁ、幸せ。
しかし、しかしである。世界一周旅から帰国してから改めて「深夜特急」を読み返して、衝撃を受けたのだが、沢木耕太郎が行った岬はロカ岬ではなかった。ユーラシア大陸南西端の「果ての岬」の「ザグレス岬」だった。あれ…私なぜロカ岬に行ったんだろう…。
なんとも不思議なものだが、まぁいい。いくつもの偶然が私をロカ岬に連れてきてくれた。沢木耕太郎と同じような気持ちでいると思っている。