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「人喰いの社会史」書評 現実に影響及ぼす「物語」の機能

評者: 三浦しをん / 朝⽇新聞掲載:2015年01月18日
人喰いの社会史 カンニバリズムの語りと異文化共存 著者:弘末 雅士 出版社:山川出版社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784634640733
発売⽇:
サイズ: 20cm/202,25p

人喰いの社会史―カンニバリズムの語りと異文化共存 [著]弘末雅士

 本書は、「人間は(中略)人喰(く)い話が好きである」という文章ではじまる。ぎくり。ひとを食べたいとも、ひとに食べられたいとも思っていないはずなのに、私もまんまと、カンニバリズム(食人)を題材にした本書を手に取ってしまったくちだ。まさか、無意識のうちに人肉を欲しているのか……?
 どきどきしながら読み進めたのだが、とてもおもしろく、着眼点が新鮮な本だった。本書では、食人の風習が本当にあったのかについては、あまり重視しない。それよりも、だれが、なぜ、どういう歴史的社会的背景があって、「人喰い族」の話をしたのか、ということを、主にスマトラ島の事例を中心に解き明かしていく。
 東南アジアでは、古くから交易が盛んだった。産出される香辛料などを求めて、洋の東西を問わず、外界からの訪問者があり、港町はにぎわった。港町の有力者や通訳たちは、貴重な資源を産出する内陸部に住む人々のことを、「人喰い族」である、と訪問者に語った。当然、訪問者は恐れて、内陸部には足を踏み入れない。おかげで、港町の人々は交易にまつわる利権を独占できるし、内陸部の人々は訪問者が持ちこむ病気や奴隷狩りから身を守れる。食人が事実だったかどうかとはべつに、「人喰い」話には、右記のような機能(効能)があったようなのだ。
 「人喰い」がいる、と語られはじめた時期から、実際に「人喰い」の風習をはじめた人々がいるらしいとか、かつて「人喰い族」だった(とされる)ことを前面に押しだして観光地化している村とか、興味深い事例がたくさん取りあげられる。
 ひとは、どんな動機や意図のもとに、なにを「語る」のか。その「語り」が、どういうふうに現実に影響を及ぼしていくのか。「物語」の発生、変化、展開について考えるのに最適な一冊だ。
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 山川出版社・2808円/ひろすえ・まさし 52年生まれ。立教大学文学部教授。『東南アジアの港市世界』など。