「私は岐阜県出身なので、池井戸先生が岐阜生まれと知って興味が湧いて購入しました。なんの知識も先入観もなかったので、『空飛ぶタイヤ』というタイトルを見て、もしかしたらファンタジー的な小説かなと思っていたんです。まさかこれほど骨太な作品だとは想像していませんでした」
そう語るのは、くまざわ書店西新井店の山本利弘店長。小学生の頃から本が好きで、初めて自分で買った本は、『十五少年漂流記』。中学1年の時だった。以来、どちらかというと海外の作家の作品をよく読んでいたが、書店で働くようになり、日本の作家のものもよく読むようになった。
そんな山本店長が初めて読んだ池井戸作品が、『空飛ぶタイヤ』だという。
物語は、赤松運送のトレーラーからタイヤが外れ、事故が起こるところから始まる。タイヤが飛んだのは、当初警察から発表されたように、本当に整備不良が原因なのか。〝容疑者〟とされた社長の赤松は、家族や仲間たちとともに、真相に迫る。
「7年前に読んだとき、心に残ったのは、赤松社長と若い整備士・門田のやりとりです。赤松さんは事故の後、門田をクビにしてしまう。でも実は、門田が法定より厳しい整備を行っていたことを知って、謝りに行きます」
なかでもぐっときたのが、赤松社長の次のセリフだ。
いいか、ぶつくさいわずに戻ってこい。いや、戻ってきてくれ。(中略) 一緒にでっかくしようぜ。オレたちの会社をもっと大きな図体にして、我が社と胸を張っていえるぐらいにすりゃあいいんだ
「自分の非を認めて部下に頭を下げられる上司は魅力的だな、と。自分は店長をやらせていただいていますが、今までそういうふうにできていただろうかと、自らを見つめ直しました」
最初に読んだときは結婚前だったので、社会人としての自分を投影させながら読んだが、今回、改めて読み直し、家庭を持ったからこそ心に響く点があったという。
「ちょうどうちにも、物語中で事故に関係する子どもと同じくらいの年齢の子どもがいます。妻も30代半ばなので、その母親とほとんど同年代です。最初に読んだときは赤松さんに感情移入しながら、ハラハラドキドキしながらついていく、という感じでしたが、今回は実際にこの出来事が自分の身に起きたらどうなんだろう。自分だったらどうするのかと、考えながら読みました。
やはり独身の頃と、想像の深度が違う気がします。そのお子さんの発言が、とても他人事とは思えなくて、心にぐさっときました。」
ホープ自動車や銀行側の登場人物にも、魅力を感じるという。たとえば、販売部の課長の沢田。最初は赤松社長を歯牙にもかけない〝イヤな奴〟だが、社内の駆け引きもあり、結果的に内部告発にかかわることになる。しかし懐柔されてポストを提示され、自分の利益を選んでしまう。
「奥さんが、『でも、本当いうと、あなたはもっと闘う人だと思ってた』と言う。そこも、いいシーンだなと思って。僕は仕事の悩みはあまり家に持ち込みませんが、妻が一緒に悩んでくれるのもありがたいし、『大丈夫よ』と言ってくれるのもありがたい。そういう存在がいてくれるだけで、男は力を得ることができます。池井戸作品に登場する女性は、肝が据わっていて、包み込んでくれるような感じがありますよね。そこが素敵だし、家族の機微が描かれているところも、池井戸作品の魅力だと思います」
家族の物語がきちんと描かれているからなのか、西新井店では女性のお客様にも池井戸作品は人気だとか。
『空飛ぶタイヤ』で感銘を受け、他の池井戸作品も次々と読むようになった山本店長。仲間や家族と力を合わせて、とてつもなく大きな壁に挑む展開の作品が多い点にも魅力を感じているそうだ。
「高校時代にラグビーをやっていたこともあり、一致団結して困難に立ち向かうシチュエーションに、つい感情移入してしまいます。『空飛ぶタイヤ』も、相手はホープ自動車という売上が2兆円もある大企業。かたや弱小の運送会社ですから、とにかく壁が大きい。最初は一人で立ち向かおうとするけれど、徐々に味方になってくれる人が出てくる。頑張っていると人にその熱が伝わるというところに、ウルウルきました」
昨今、欠陥隠しやデータ偽造など、企業の闇が次々と報道されている。
「作品を読むことで、その時代に何が起きたかということを改めて認識させてくれる。池井戸作品には、いろいろな社会問題も盛り込まれているので、作家も読者も同じ時代を生きているんだなと実感できます。しかもいわゆる勧善懲悪ではなく、人間的な微妙な部分も描かれ、落としどころが絶妙ですよね」
『空飛ぶタイヤ』は映画化され、現在公開中。池井戸作品は本を先に読んでいて結末を知っていても、映像作品に引き込まれ、ハラハラするとか。
「逆にドラマなど映像を見た後に本を読んでも、ぐいぐい引き込まれます。両方楽しむのも、醍醐味だと思います」