「流出した日本美術の至宝」書評 海外の評価加わり、より豊かに
ISBN: 9784480016676
発売⽇: 2018/04/13
サイズ: 19cm/299,7p
流出した日本美術の至宝 なぜ国宝級の作品が海を渡ったのか [著] 中野明
明治の廃仏毀釈の嵐の中で、大量の日本の古美術品が海外に流出した。本書はその?末を描いたものだが、事実は小説より奇なりを地で行く面白さだ。
シャミセンガイなどのブラキオポッド(腕足類)を採取しに日本にやってきた大森貝塚の発見者、モースが、予期せずして東大の教師となり、モースの仲介でフェノロサが東大の哲学教師として来日する。モースの知人で資産家のビゲローも来日し、収集家3人は、ボストンを世界一の日本美術コレクションの拠点にするという明確な意図のもとに収集を始める。全ての始まりはブラキオポッドだったのだ。フェノロサは、また、離婚の慰謝料を支払うために鉄道王フリーアのコンサルタントの役割を果たす。こうして琳派のフリーア・コレクションが誕生したのである。
流出には日本人も加担していた。山中定次郎と林忠正の2人の美術商。醜聞で野に下った岡倉天心もボストンに美術品を持ち出す。
欧州にもキヨッソーネとケルンの東洋美術館がある。面白いのは帝国ホテルを設計した建築家、ライトが浮世絵ディーラーでもあったことだ。ライトは家族を残して駆け落ちしたためお金が必要だったのだ。
著者は、美術品の海外流出を極力抑えるべきだとの声に対して、美術品の流通を開放する方が得策だという。美術品は日本のソフト・パワーの中核で、たとえ嫌日ムードが漂う時でも多くの外国人を日本贔屓にすることができるという。また、開放によって日本人が見過ごしていた新たな価値が加われば、それは日本文化がより豊かになることを意味していると主張する。
加えて、経済の弱体化は、文化の衰退や貧しさを招き、ひいては国民の美術への鑑賞力や無関心につながることを肝に銘じなければならない、すなわち、ソフト・パワーの向上には確固たる経済基盤が欠かせないと主張する。その通りであろう。
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なかの・あきら 1962年生まれ。ノンフィクション作家。著書に『世界漫遊家が歩いた明治ニッポン』など。