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「兵士たちの肉体」書評 日常と交錯する現代の戦争描く

評者: 小野正嗣 / 朝⽇新聞掲載:2014年02月09日
兵士たちの肉体 著者:パオロ・ジョルダーノ 出版社:早川書房 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784152094063
発売⽇:
サイズ: 20cm/444p

兵士たちの肉体 [著]パオロ・ジョルダーノ/イエロー・バード [著]ケヴィン・パワーズ

 戦争について、現実の戦場を体験した一介の兵士たちが残した証言の言葉が目に触れ、読まれ続けることは存外少ない。虐殺や災厄の被害者がそうであるように、経験があまりに生々しく凄惨(せいさん)で〈言葉にならない〉からだろう。
 そこに逆説的だがフィクションの役割がある。物語と表現というまさに〈言葉の力〉によって、悲惨な現実を世代を超えて読者一人ひとりが共感し思考しうる〈作品〉という場を作り出すのだ。
 その好例が、国際治安支援部隊としてアフガニスタンに派兵されたイタリア陸軍の若者たちを描いた『兵士たちの肉体』である。著者のジョルダーノ自身には従軍体験はない。だが、イタリアで大ベストセラーとなった『素数たちの孤独』を書いた気鋭の作家は、俯瞰(ふかん)的な視点を取るのではなく、前哨基地フォブ・アイスで任務につく一部隊の兵士たちの視点に入り込み、彼らの戦争前の生活と戦争の現在を交錯させながら、その人間臭い〈生〉を立体的に浮かび上がらせることに成功している。
 マザコン気味ののっぽの兵士イエトリ、彼をいびる勇猛なチェデルナ、彼らを統率する有能なレネー准尉、家族や恋人との問題で心を悩まし抗鬱(こううつ)剤を手放せない軍医のエジット中尉。彼らの基地での日常生活は、滑稽で下世話なエピソードに満ちている。しかし物語のクライマックスとなる「薔薇(ばら)の谷」での戦闘のあと、レネーとエジットの人生は劇的に変化する。
 一方、ケヴィン・パワーズのデビュー作『イエロー・バード』は、イラク戦争に従軍した2人のアメリカ兵、21歳のバートルと18歳の新兵マーフの物語である。バートルが過去を回想する形で書かれていることからも、本書に作家自身の従軍体験が色濃く影を落としていることが窺(うかが)える。
 色濃く? たしかに語り手の記憶に刻み込まれた、血塗られた戦場と化したイラクの街路や果樹園の光景は、まるで夢の出来事のように恐ろしく鮮明だ。だがそこから紡がれる思考は頼りなげに彷徨(さまよ)い、帰国後もなお、砂塵(さじん)と熱気に覆われたイラクの大地から離れられず、消し去りたくてもできないトラウマ的な記憶に戻っていく。
 作家は自らの過酷な従軍体験を見事に〈作品〉化している。それは、戦争の前後を語る章の合間に、語り手の人生を変える決定的事件が起こる「2004年」のイラク従軍の〈現在〉についての章が、強迫観念のように回帰してくる書き方からも明らかだ。
 興味深いことに、まったく独立に書かれたこれら2作品ともに、主人公は戦場での行為を罪に問われる。現代の戦争を描く二つの力作をつなぐこの不思議な符合を皆さんはどう解釈するだろうか?
    ◇
 『兵士たちの肉体』飯田亮介訳、早川書房・2205円/Paolo Giordano 82年イタリア生まれ。
 『イエロー・バード』佐々田雅子訳、早川書房・2205円/Kevin Powers 80年アメリカ生まれ。本書でガーディアン新人賞など。