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莫言「天堂狂想歌」書評 農民の苦難、ユーモラスに

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2013年06月09日
天堂狂想歌 著者:莫言 出版社:中央公論新社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784120044946
発売⽇:
サイズ: 20cm/452p

天堂狂想歌 [著]莫言

 昨年ノーベル文学賞を与えられた中国の莫言が、20年以上前に書いていた長編小説が翻訳された。ガルシア=マルケスに影響を受け、であれば遡(さかのぼ)ってフォークナーに手法を学んだ作家である。
 本作の背景には実際にニンニク農家が起こした暴動があるというのだが、そこに至るまでの数名の農民が体験している貧困、周囲の役人からの社会構造的な抑圧、そして監獄の様子から裁判までを、さすが莫言ならではの時空間の歪(ゆが)みの中でとらえている。
 親がたまたま地主になったことから弾圧されて低い身分に落とされている高羊(ガオヤン)。恋した女・金菊(ヂンヂュイ)が家族によって政略的に結婚させられることに命がけで反抗する高馬(ガオマア)。夫を役人の車で轢(ひ)き殺されたことを恨み泣く四(スー)おばさん。
 それらニンニク農家の苦しい生活を、莫言はしかしある時は幻想的な風景描写で、ある時は食べ物をすする音、放屁(ほうひ)、失禁の感触、そして何よりも村々に満ちるニンニクの芽の腐った臭いで表現する。
 と同時に、過去と現在、または別の空間を自在に移動して事態を構成的にとらえ、語りの重層性によって神話の領域にまで農民を連れていく。
 構成的であることは、事実から心理的距離を取ることだ。一方でげっぷや尿を描いて肉体に寄り添いながら、莫言は各人の逃れがたい苦難を時に突き放し、苦く甘くユーモラスに描く。
 しかし、だからこそ卑小な農民のささいな抵抗が、巨大な英雄の行為に見える時がある。ユーモラスに伝える語り手のその口調が口承文学に接し、歴史上の人物が出現しているように感じるのだ。
 章の頭に必ず、ある盲目の芸人が歌う抵抗歌が引用されていることも、同じ効果を引き出す技巧であり、語りたいことの熱い表現となる。
 この激しい官僚批判を発禁から守るためであろう末尾の構成の、外から見たら見事な皮肉もピリリと利いている。
    ◇
 吉田富夫訳、中央公論新社・2730円/55年、中国山東省生まれ。85年デビュー。『赤い高粱(コーリャン)』『転生夢現』など。