「パリが沈んだ日」書評 自然地理学の観点で洪水を検証
評者: 瀬名秀明
/ 朝⽇新聞掲載:2010年03月07日
パリが沈んだ日 セーヌ川の洪水史
著者:佐川 美加
出版社:白水社
ジャンル:社会・時事・政治・行政
ISBN: 9784560080412
発売⽇:
サイズ: 20cm/221,23p
パリが沈んだ日―セーヌ川の洪水史 [著]佐川美加
「オペラ座の怪人」で描かれる地底湖。パリ・オペラ座が建つ場所はかつてセーヌ川が流れていた軟弱地盤の農地で、ガルニエは劇場建設に際し大量の地下水を汲(く)み上げて土地を乾かし、巨大な貯水池を劇場下につくることで浸水に備えたという。
現在のセーヌ川はふたつの川が統合されたものだ。しかし旧河道だった低地帯は幾度も浸水に見舞われた。川に浮かぶ船、「たゆたえども沈まず」なる標語を抱くパリ市の紋章は、そのままこの町が洪水と共に歴史を刻んできたことを示している。
災害を扱った本書は、しかし読み物として科学と文学の愉(たの)しみさえ湛(たた)え、パリの見方を一変させる。著者は自然地理学の観点から洪水のメカニズムを検証しつつ、二千年に及ぶパリとセーヌ川の複雑な関係を探る。
圧巻は百年前にパリを襲った大洪水のドキュメント部分だ。市民は当初高をくくって対策は遅れ、橋から投棄したごみは下流を塞(ふさ)ぎ、電話も地下鉄も不通となる。だが史上二番目の高水位となったこの洪水で死者はわずかひとりのみ、四カ月後には大部の調査報告書も出た。現代の危機管理問題にも直結する豊かな一冊だ。
瀬名秀明(作家)
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白水社・2520円