1. HOME
  2. コラム
  3. ひもとく
  4. 自分なりに働く 身体と心の健康があってこそ

自分なりに働く 身体と心の健康があってこそ

合同企業説明会に集まった学生ら=今年3月、千葉市美浜区の幕張メッセ、諫山卓弥撮影

 今、学校ではやたらと「キャリア教育」とか「職業意識」などという言葉が飛び交うようになったように見える。経営者目線に立て、グローバルな人材になれ、といった声も響いているようだ。仕事や将来について考える機会は、私が10代だったころよりも、すごく増えたのではないだろうか。

特別でなくても

 でも、学校や職場などでは、あまり教えてくれない大切なことがある。それは圧倒的多数の人は「普通の人」だということ。そんな意外と見過ごされがちな事実を、人気アニメに例えて諭すのが常見陽平の『僕たちはガンダムのジムである』だ。
 「ガンダム」とは地球連邦軍の切り札として開発されたロボット兵器である。これに対し「ジム」は、その他大勢の量産型である。当然、物語はガンダムを中心に進んでいく。
 大学卒業後、15年間サラリーマン生活を送った著者は、ほとんどの社員は特別な力をもった「ガンダム」ではなく、「ジム」のような人だと説く。本当に特別な人など、社会にはほとんどいない、と。
 なのに、一人一人が主役としてがんばろう、といったように過剰に煽(あお)られ、追い詰められる人がいる。自分のアピールポイントを探すことに心底苦しむ。「世の中は普通の人で動いている」というメッセージは実は当たり前のことを伝えているだけなのに、今、とても斬新に響く。
 自分には「ジム」(普通の人)という立場があるのだ。
 本書が説く、そうした認識を持つようになると、新しい思考が開けてくるだろう。組織が大きな成果を出そうとするときに、自分はどれだけ負担を背負えるのだろうか、と。エリートのガンダムは、困難な局面でも切り抜けられるかもしれない。だが、その陰でジムの多くはやられてしまう。大切なことは、自身の生活や健康は自ら守る、という「自分の立場」を客観視して行動することだ。

法的措置も可能

 そんな「普通の人」の立場からぜひ考えたいのが職場でおこるいじめや嫌がらせの問題だ。弁護士の笹山尚人は『それ、パワハラです』の中で、たくさんの具体的な事例を紹介している。無理な成果を要求して精神をむしばむような長時間労働を強いたり、能力不足を指摘したりして追い詰める。実際に起きた事件からは、職場で「普通の人」の立場はとても弱く、もろいものだということを生々しく学ぶことができる。
 だからこそ無理な命令や嫌がらせは「パワハラ」であり、法的に争えることを知っておいてほしい。我慢を続けていると、結局は自分を傷つけてしまう。法律を知り、「それ、パワハラです」と指摘できる力を持つことは、長い職業人生を生き抜くためにきっと役立つだろう。
 ともあれ、学校のキャリア教育も就職活動も避けて通れない。キャリア教育を研究してきた児美川孝一郎の『キャリア教育のウソ』は、自分たちが置かれた状況を「外側」から考えるうえで役に立つ。
 「やりたいこと探し」と現実のギャップ、将来が見えない時代に求められる「キャリアプラン」、非正規雇用が「構造的に」生み出される現実があるなか、非正規で働くことは念頭に置かれていない実情。日本のキャリア教育の「無理」が赤裸々に語られている。将来への不安を抱えている若者も、「世間の雰囲気についていけない自分が悪いのではない」ということが改めて実感できるはずだ。
 現実の世の中は厳しい。これからの職業人生は、決して明るいことばかりではないかもしれない。けれども、どんなときも自分自身を責めすぎないでほしい。働くことは、身体と心の健康があってこそのことだから。=朝日新聞2016年9月4日掲載