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共謀罪 自由と安全のバランス目指せ

「共謀罪」をめぐり、衆院予算委員会で答弁する金田勝年法相(左)。右端は安倍晋三首相=2日

 政府は、今、開会中の国会に、過去3度廃案となった共謀罪法案を「テロ等準備罪」と名前を変えて提案する、としている。
 日本の刑事法体系は、既遂処罰(結果発生)を基本とし「未遂」は処罰してこなかった。この法案は、未遂どころか予備罪を飛び越えて計画段階から取り締まろうとするものだ。準備のための行為や組織的な犯罪集団の関与を要件としており、対象犯罪を半分にしても、犯罪とされる行為と適法な行為との境があいまいで、心の中に土足で国家が踏み込む危険性がある。

事件の前に捜査

 この法案について、新しく書かれた本は『「共謀罪」なんていらない?!』である。ジャーナリストの斎藤貴男が監視社会の観点。関東学院大名誉教授の足立昌勝が刑事法学の観点。世田谷区長の保坂展人は国会質問に立った野党議員の立場。弁護士の山下幸夫は共謀罪捜査によって引き起こされる人権侵害の側面。筆者は国連条約批准の観点から問題を論じ、その複雑な広がりを浮き彫りにしている。
 共謀罪が制定されれば、人と人とのコミュニケーションそのものが犯罪となる。捜査は被害の現場から始まるのではなく、「事件」が起きる前に、関係者の通信を集めることが捜査となる。『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』は、監視社会を研究する小笠原みどりが、日本人ジャーナリストとしてはじめてエドワード・スノーデン氏にロングインタビューした記録である。
 SNSのデータが丸ごと米国家安全保障局に提供されていたのは驚きだったが、我々はこの告発を対岸の火事のように感じてきた。しかし、日本の市民の情報も米国家安全保障局に集められていること、秘密保護法制定の背後には、米政府と高度の秘密情報を交換するために法制定が不可欠との「刷り込み」が行われていたことがわかる。新たに広範な共謀罪を立法した国がノルウェーとブルガリアしか報告されていないのに、日本政府が共謀罪制定に固執するのは、米政府と何らかの密約があると疑うことには根拠がある。

適用拡大の歴史

 共謀罪は団体による組織犯罪を取り締まる法である点で、戦前の治安維持法と共通する。治安維持法が1925年に帝国議会で議論されたとき、政府は「安寧秩序」などの“あいまいな”概念を廃し、「国体変革」「私有財産制度の否認」という“明確な”目的に限定され、濫用(らんよう)されない完璧な法案だと説明した。しかし、その後の修正で「目的遂行罪」「準備結社罪」などが作られた経緯もあり、拡大適用しないという政府の言明は簡単に信用するわけにはいかない。
 共謀罪との関連で治安維持法の歴史を調べたい読者に勧めたいのは、憲法学者・奥平康弘の『治安維持法小史』である。刑事法学者・内田博文の大著『治安維持法の教訓』(みすず書房・9720円)は裁判の過程にまで分析を進めているが、奥平は立法と実務における適用拡大の経過を「歴史的な性格変化」として捉え、わかりやすい。
 33年に治安維持法の適用はピークを迎え、共産党組織はほぼ解体した。この時点で、同法は歴史的使命を終えたとして廃止する選択もあり得た、と奥平は指摘する。しかし、肥大化した特高警察は新たな適用対象を求め、35年の大本教検挙を皮切りに宗教団体、ジャーナリスト、企画院などの行政機関にまで法を適用した。歴史を繰り返さない保障はどこにもない。
 テロは未然に防がなくてはならない。しかし、日本は国連のテロ対策条約はすべて批准済みだ。組織犯罪条約の対象は経済犯罪で、テロは対象外である。最近は単独犯も多い。テロ対策という抗(あらが)い難い説明に思考停止せず、自由とバランスのとれた安全を目指す途を探りたい。=朝日新聞2017年2月12日掲載