いくつもの言語と文化が重なりあう。作品だけでなく、作家自身がそう。台湾に生まれ、3歳から日本で暮らす。「台湾系ニホン語人作家」と名乗る温又柔(おんゆうじゅう)さんの『空港時光(じこう)』(河出書房新社)は様々な境界を行き来する、軽やかで楽しい作品集だ。
10の短編はいずれも空港が舞台。日本の青年が、初めての海外一人旅で台湾に向かう「出発」。台湾生まれの彼女から「ふつうの日本人に、あたしの何がわかるっていうのよ?」と投げかけられた言葉が青年は忘れられない。
温さん自身、よく待合室で時間を過ごす。「いろんな人がいる。いろんな日本といろんな台湾を行き来している」。あの人はどんな旅を、あっちの人は、と「空想と妄想でいっぱいになる」そうだ。
ある段落では、「声の主は阿姑(おば)だった。なぜ、阿姑(アゴー)はあんなふうに泣き喚(わめ)いているのだろう?」「ボーアンナ(なんでもないの)」と様々な言語が混在する。温さんは日本語で育ち、中国語を学ぶ。両親は台湾語交じりの中国語を話す。台湾の祖父母と温さんは日本語で。「たまたま日本と台湾の間にいる私が、見えているものを書いています」
昨夏の芥川賞候補になった「真ん中の子どもたち」をはじめ、登場人物はこれまで自身と同様に、日本、台湾、中国のはざまで揺れていた。今作は語り手の生まれた場所、使う言語、性別、年齢を自分から変えたことで、筆致がのびのびとしている。「自分の境遇を説明しなきゃ、という焦燥感がありましたが、前作で、何かを感じてもらえれば読者は読み続けてくれると信じられるようになった。私自身が自分にとらわれていたんだと思う」
収録したエッセーは6年前に書いたもの。「ずっと忘れていました。読み直すと、今と同じことを考えていた。エッセーも小説もモチーフは同じで、異なるのは、どの人生の段階で書いているのか、ということだけ」。どの作品にも共通するのは、読後感の明るさだ。「現実に絶望が大きいので、せめて文学の世界では希望のかけらのあるものを作りたい」(中村真理子)=朝日新聞2018年8月22日掲載
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