お笑い芸人・松原タニシの『事故物件怪談 恐い間取り』(二見書房)が7月末の発売以来、好調なセールスを記録している。すでにお読みになった方もいるだろうが、「事故物件」とは、自殺や他殺・孤独死などの理由によってそこで誰かが死亡した物件のこと。そうした物件は相場よりも家賃が安い、幽霊が出るといった噂もあるが、果たして本当なのか。「事故物件住みます芸人」である著者が、身をもって調査したのがこの本である。
著者がこれまで住んできた事故物件は関西と関東合わせて5軒。ある部屋には生々しい血痕が残り、またある部屋では謎の頭痛に苦しめられる。殺人現場のマンションに住んだ際には(関係があるかどうか別として)ひき逃げに遭ってしまった。そのほか孤独死があった部屋の「特殊清掃」を手伝ったり、各地の心霊スポットを訪ねたりと、著者の探究心はとどまるところを知らない。
「仕事とはいえ、よくこんなことを……」とつくづく感心してしまうが、こうした体当たり精神と現場主義こそ本書の大きな魅力だろう。意外と「悪ふざけ感」がないのも、扱うテーマがテーマだけに好ましい。すべての現場を図示した「見取り図」もドキュメンタリー的恐さを際立たせており、なるほどヒットするのも納得の出来映えだった。
こうした〝本当にあった恐い話〟を扱った書籍は、近年「怪談実話」と呼ばれ、たいへんな人気を博している。斯界では多くの才能ある書き手がデビューし、話題作を次々と刊行しているのだ。
徳島で建設土木業に従事しながら、執筆活動を続けている松村進吉は、そんなムーブメントを支える実力派のひとり。新作『怪談稼業 侵蝕』(角川ホラー文庫)には、仏間に現れるロウソクを持った人影や、あちこちに移動する電信柱、なぜか住人の居着かない借家など、著者が人を介して蒐集したおぞましい実話が紹介されている。
面白いのは、これらの話を誰より恐がっているのが、他ならぬ松村自身ということだろう。松村は怪談作家でありながら、幽霊が恐くてたまらないらしいのだ。『怪談稼業 侵蝕』ではそうした書き手としての懊悩や矛盾も、包み隠さず明かされている。結果、怪談実話と私小説が共存したような、なんとも風変わりな作品に仕上がった。全編に漂うユーモアとペーソスも絶品。もっと広く読まれるべき作品だと思う。
ノンフィクション作家の工藤美代子は、不思議なものに出会いやすい体質を生かした一連の怪談エッセイでも知られる。雑誌『婦人公論』上の人気連載をまとめた『凡人の怪談 不思議がひょんと現れて』(中央公論新社)でも、そうした「引きの強さ」はいかんなく発揮されていた。
引き取ることになった骨壷がクロゼットの中でカタカタ音を立てたり、購入した中古住宅が曰くつきだったり、眼科でこの世ならぬ人たちを見かけたり……。ただしその書きぶりはあくまでカジュアルで、おどろおどろしさがない。日常空間に「ひょんと」現れては去ってゆく死者とのふれ合いを、ときに抱腹絶倒、ときに哀切なエピソードで包みこむ距離感が絶妙なのだ。貧しかった海外生活時代や、亡き両親との思い出など、著者がありし日をふり返った個人史の趣もあり、普段怪談を読まない大人の読者にもおすすめしたい一冊。
独自の信仰や文化をもつ沖縄では、語られる怪談もまた特徴的だ。『琉球奇譚 シマクサラシの夜』(竹書房文庫)は、沖縄在住の作家・小原猛が現地で取材した34編の実話を収めている。
ウタキと呼ばれる聖所にまつわる「麝香(じゃこう)の香り」や、フクロウに取り憑かれた男の運命を描いた「チックフ」などの収録作からは、見えないものと共存するウチナーンチュの暮らしが鮮やかに浮かびあがる。ユタと呼ばれるシャーマンが過去の因縁に導かれ、イチジャマ(生霊)を飛ばし合う「イチジャマゲーシ」は、とりあけ圧巻の恐ろしさだ。
それとはまた違った意味で言葉を失うのは、沖縄戦の爪痕から生まれた数編の戦争怪談だ。水を求めて夜な夜な壕に現れる死者の列。オバアの住む団地に遊びにきた日本兵。戦争の記憶が薄れゆくなか、怪談はこうして物言わぬ者たちの思いを伝えてゆく。
今回紹介した4冊以外にも、面白い怪談実話は山のように存在する。ルポルタージュに寄ったものからエンタメ性の高いものまで百花繚乱なので、本時評でも折に触れてフォローしていきたい。『恐い間取り』によってこのジャンルに開眼した人たちは、さしあたり「怪談実話」をキーワードにネット&リアル書店を探索してみてほしい。あなたの知らない文芸ムーブメントが、そこでは盛り上がっているはずだ。