人は皆、居場所を探しているのだろう。この手を握っていてくれる人を、あるいは手を差し伸べることのできる存在を、求めてやまないのかもしれない。
本書は、複数の男女の人生が交錯する恋愛小説である。と同時に、緻密な職業小説であり、地方小説としても味わい深い。地方都市に生まれ、そこで暮らし続ける若者たちの閉塞感をつぶさに描き出す。ままならない人生の中で、それでも心の拠り所を求めあう、登場人物たちの不器用さが強く印象に残る。
主人公は、富士山を望む某地方都市の町で、介護士として働く日奈と海斗。元恋人同士の二人だが、育て親の祖父を亡くした日奈の生活を、海斗が支えるような関係が続いていた。
そんなとき日奈が惹かれたのは、東京で暮らす年上の男・宮澤。彼は庭の草刈りを口実に、日奈を度々訪ねてくる。渇いた心に水を撒くような恋の営みが、うつくしい筆致で描かれていく。しかし、幸福な日々にも、静かな終わりが迫っていた。
一方、海斗は、後輩介護士でシングルマザーの畑中と付き合いはじめ、彼女の九歳の息子・裕紀の面倒を見るようになる。母親に疎まれ、学校にも居場所がない様子の裕紀。海斗は彼の手をとり、ある言葉を語りかける。二人が心通わせたその一瞬、胸に温かな灯をともされた心地がした。
本書を読む間、人生のあらゆる時間が凝縮しているようにも、ほとんど止まっているようにも感じられた。それは、この物語が常に「老い」や「死」の隣にあるからだろう。じっと手を見て、思いを巡らせる。共に生き、これからも色々なことにあがき続けるだろう手を。自分は紛れもなくここにいる。
人はゼロから生き直すことはできない。情けない過去、逃げ切れない自分の嫌な部分、すべてを地に包んで、荒れ果てた地から、ひっそりと再生を試みるのだ。本書はそのことを、ありのままに伝える。繊細であると共に力強い一冊である。
◇
幻冬舎・1512円=2刷1万7千部。4月刊行。直木賞候補。福祉や地方の問題を自分に引きつけて読み込む読者が多いという。「若者のことが知りたい」と手に取る人も。=朝日新聞2018年10月6日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 恩田陸さん「spring」 バレエの魅力、丸ごと言葉で表現 朝日新聞文化部
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 黒木あるじさん「春のたましい」インタビュー 祀られなくなった神は“ぐれる”かもしれない 朝宮運河
-
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 諷刺の名手・柚木麻子が「あいにくあんたのためじゃない」で問うたもの(第13回) 杉江松恋
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員が青田買い!「期待のニューカマー2023」 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社