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「猫の美術史」書評 画家の魂に降臨して芸術創造

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月06日
デズモンド・モリスの猫の美術史 著者:デズモンド・モリス 出版社:エクスナレッジ ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784767824925
発売⽇: 2018/07/26
サイズ: 21cm/247p

猫の美術史 [著]デズモンド・モリス

 猫は僕にとってつーか、画家にとって生活必需品だ。芸術と生活を結びつける接着剤みたいな存在である。美術史の名だたる引率者たちの背後に暗中飛躍した存在が〈猫〉である。レオナルド・ダビンチを筆頭にマネ、モネ、ゴーギャン、ロートレック、クレー、ピカソ、ルソー、ウォーホルまで、さらに北斎、広重、国芳と猫狂の画家は枚挙に遑がない。
 ではなぜ猫がそれほどまで画家の心を震撼させ、画家の魂に降臨して芸術の創造に関与したのか。猫は画家の心を遠隔操作する不思議な神秘能力によって、画家の霊性を覚醒させ、魔術的な霊力によって画家の創造力に点滴を注入、芸術創造の影の魔術師に変身。猫によって画家が存在し、その画家の魂を操ることによって古代エジプト以来、猫は美術史の影の立役者として君臨してきた。
 猫の性質はわがまま、身勝手、自由気まま、理性も倫理も欠如、その性格はそのまま多少の相違はあるとしても画家の特質を体現している。猫は画家の自画像でもある。猫の悪魔性、遊戯性、気位の高さ、高潔さ、姿態の優美さ、性的触覚、どこをとってもいいですね。ダビンチは「最高傑作」とその芸術性を、また生涯に50匹以上を飼ったというレオノール・フィニは「地球上で最も完璧な生き物」と称賛。生涯で何匹も飼っていたピカソは、絵となると、信頼し合っている猫でも獰猛な瞬間を描かねば気が済まないらしい。猫の野性を愛し、猫は交わること以外何も考えていないと、まるで自分と猫を同一化させているのには笑っちゃう。
 ピカビアやウォーホルは、猫との心の距離が近いために芸術的誇張には耐えられず、猫の存在の大きさが画題にならなかった。
 本書にはあらゆる時代の画家が描く猫を取り上げているが、画家が猫を主題に選ぶというより、猫の存在が画家の存在を創造しているというべきだろう。
    ◇
 Desmond Morris 1928年、英国生まれ。動物行動学者。画家。著書『裸のサル』は世界的ベストセラー。