電力が人間の暮らしにどこまで本当に必要なのか、根底から問い直す「暗闇の思想」を提唱した大分の作家、松下竜一(1937~2004)。自ら赤貧を貫きながら、生活の中で築き上げた哲学が息づくエッセー集『底ぬけビンボー暮らし』(96年、筑摩書房)が講談社文芸文庫に加わった。
松下は、幼い頃に右目を失明。高校卒業後すぐに母を亡くし、進学を諦め、実家の豆腐屋を継いだ。25歳のとき、字数を指で数えながら試みに書いた短歌が、朝日歌壇に入選する。
《泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん》
何げない日常を、鋭敏な感性でとらえた歌とエッセー『豆腐屋の四季』(69年)で作家デビュー。緒形拳の主演でドラマ化され、話題を集めた。執筆の傍ら、故郷の中津にほど近い豊前に火力発電所が建設されることになると、自ら反対運動の先頭に立った。
72年、朝日新聞に寄稿した文章に、こんなくだりがある。「だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」
その信念の証明が、自ら創設した機関誌「草の根通信」に寄せたエッセーをまとめた『底ぬけ~』だった。猛暑の夏にも冷房を買わず、夫婦で冷水シャワーを浴び、河川敷へ散歩に出て涼を取る。やせ我慢しながら「変節などするものか」と息巻く己を哀感漂う「松下センセ」として滑稽に描いた。笑いのなかにも社会への鋭いまなざしが光った。
2011年、東日本大震災にともなう原発事故が福島で起こり、各地で計画停電が実施されたとき、『底抜け~』の担当編集者、松田哲夫さん(70)は「原発以前に火力すら、人間にとって本当に必要なものなのか。そんな松下さんの根源的な問いかけに、ようやくいま、向きあわされたような気がした」という。
今春、松下の代表作であるノンフィクション「砦(とりで)に拠(よ)る」(77年)をもとに、九州出身の劇作家、東憲司さん(53)が作・演出を務めた舞台「砦」(16年)が全国で再演された。故郷のダム建設に抵抗し続けた実在の地主がモチーフ。主演の村井国夫さん(74)はこう語る。「怒りをぶつけるだけに終わらず、夫婦の生活を丁寧に描いている。『個』の営みを尊ぶ松下さんの哲学が、今も変わらぬ感動を生んでいるのではないでしょうか」(興野優平)=朝日新聞2018年10月10日掲載
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