日記に書かれるいろんな気持ち
――力もちで気持ちの優しいマークは、毎日、日記をつけています。「おさるさんのおやこをどんぐりゆうえんちまでおくっていった」とか、拾ったハチの巣に「はちのみんなはほんとうにはたらきもの」と感心する気持ちなどを綴った、なにげない日常の日記です。
月曜から日曜までのお話の合間に、一日ずつマークの日記が入っています。マークの内面を表現したくて、日記を入れることにしたんです。マークだったら、どんなことを書くだろうと探りつつ、お話のマークと、日記にあらわれる内面がずれないように意識しながら書いていきました。
――水曜日は雨。特別なことがない日もマークは日記を書いていますね。
雨の日って、ほっとしますよね。日記ってただの出来事じゃなく、出来事とともにその人となりや、本当の気持ちの細かさみたいなものが日記から伝わってくるからいいなと思います。
だんだん育っていった「マーク」というキャラクター
――本書が生まれるきっかけは?
編集者さんに「樋勝さんの描く “わるもの”を見てみたい」と言われたことがきっかけなんです。はじめは「えっ」と戸惑いました。どちらかと言えば自分が思う不条理に対しての逆を描くというスタイルで制作してきました。なので、あえて“わるもの”を描くというお題は新鮮でした。でも……難しい。だけど、ちょっとおもしろいなと。
わるものを描くことで、もしかすると何かを教え諭すようなものになってしまうとそれは違うし……と、しばらく“わるものとは”、について考え続ける日々でした。
その頃、6年ぶりに画廊でひらく個展のための油絵を描いていました。私が描くのは、いつも、動物のようなひとのような存在で寒色系が多いのですが、はじめて、ネコのようなクマのような赤い存在が出てきたんですよ。個展の絵を描きつつ、並行して絵本のラフを描いていたら、なんとなく絵本の世界に赤い存在が入り込んできたみたいです。
はじめはどう猛でぶっきらぼうで、だけど気持ちは優しいクマの話を描きはじめました。だけど、どう猛でぶっきらぼうゆえに、いろんな誤解をされるクマを描いていると、だんだん悲しくなってきちゃって。クマにも楽しいことや幸せなことがあって……と暮らしぶりを描きはじめたんです。
どう猛なイメージの、仮の名前でクマを呼んでいたんですけど、その名前だとあまり日記を書くクマだと思えなくて……。描いていくうちにクマがどんどん穏やかになっていくんですよ。案を出し合いながら悩んでいたときに編集者さんが「くまだマーク!」と言って、私も「それだ!」と、その瞬間にピタッと決まりました。「くまだ」が名字で、「マーク」が名前です。「くまだマーク」なら日記を書きそうだなと。内面を掘り下げていくことで、「くまだマーク」というひとが絵本の中でどんどん優しく成長し、存在感を持っていきました。
――マークがハチの巣を拾ったら「はちみつを食べようとしてる!」と誤解され、岩をどかすと「キャー!」と怖がられますが、日記では、みんなのことを心配している内面が伝わってきます。一方、キツネは自分がハチの巣を落としたのにマークのせいにしたりして、ちょっと意地悪ですね。
本書を読んだある小学生のお子さんは「キツネはなんでこんなことするの? 許せない」と猛烈に腹を立てていたんですって。でも最後のキツネの日記を読んだとき「えっ、キツネはそんなふうに思っていたの?」とすごくびっくりしたらしくて……。予想もしなかったことが日記には書いてあって、その子は何か感じるものがあったみたいです。
本当は、キツネはマークのことが好きなのについ意地悪を言ってしまうんですよね。マークの気持ちは日記から読み取れるけど、「キツネの気持ちはどうなんだろう」と、最後に「キツネの日記」を1ページ入れることになりました。それによってこの本がグッと変わった気がします。
銅版画だからこその苦労とおもしろさ
――制作で難しかったところや、うまくいったところはありますか。
銅版画って、いくつもの工程を重ねていくと、自分でも驚くような絵になるときがあるんです。いちばん難しいのはやはり顔です。下絵を描き、銅版に転写し腐食して、線の雰囲気が出るようにもう一回ニードルでなぞって、それからインクを入れて刷って……としているとだんだん表情が変わってきちゃうことも多くて……しばしば悩むところです。
でも不思議なほどいい表情が出ることもあるんですよ。たとえばおさるの子の「もうあるけないよ。もうつかれた」という表情が、今作ではとても気に入ってます。普通に絵を描いては出せない雰囲気を、銅版の線だと出せることもあるんですよね。版画の力を借りています。
――カステラやホットケーキ、いちごなど、食べ物の絵もとてもおいしそうです。
マークにカステラのおみやげを渡しながら「こんかいのカステラはとってもうまくやけたのよ」と得意げにいう「あいざわさん」のおばあさんの研究熱心さは、私にも身に覚えがあります。餃子の皮を納得するまで作り続けたりとか(笑)。
ちなみに今私の母は80代ですが、私が小さかった頃はパウンドケーキやクレープなどを数え切れないくらい繰り返し作っていて……。同じものを繰り返し作るから、子供の私は、母が研究熱心だったからだと思い込んでいたんです。最近になってなぜあんなに作っていたのか聞いてみたら、みなさんに美味しいと喜ばれるから作っていたとのこと。そんな母の姿が、絵本に自然と影響しているかもしれませんね。いまだに昔の友達に会うと、「おばちゃんのパウンドケーキが美味しかった」と言われます。
――本書を描き終えて、あらためて思うことはありますか。
今作は“わるもの”からスタートしたのに、自分が考えてもいない方向に、どんどん動いていくのがおもしろい経験でした。出来上がった絵本をあらためて読んでみると、日記の部分があることで、一日、一日、読んでいるほうも気分が変わるし、思いのほかいろんな気持ちが混ざったものになったなと思います。物事の受け取り方や感じ方はいろいろで、この本の中に出てくるいろんな気持ちについて、子どもたちが考えてみてくれたり、意見の交換などをしてくれたりしたらおもしろいなと思います。
マークという、どっしりとした優しい存在がいつの間にか出来上がって。その分、キツネの“悪さ”が目立ってしまうかもしれないけれど……。でも最後に「キツネには実はそんな気持ちもあったんだね」と気がつくかも。
読んでくれるお子さんの中には、キツネのようについ口に出しちゃうとか、意地悪しちゃう子もいるだろうし、逆にモヤモヤした内面を表に出せない子もいるかもしれません。どちらの子も「自分にはマークがいる」とマークを味方のように感じてくれたらちょっと嬉しいな、と思います。