「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」開催 日本語版出版から50年 ロングセラー絵本の原画を全公開
全4章で構成される本展の一番の見どころは、第1章「はらぺこあおむしの誕生」。「はじまりは、はらぺこあおむし」という展覧会タイトルの通り、会場に入ると真っ先にエリック・カールの代表作『はらぺこあおむし』の原画が目に飛び込んできます。
『はらぺこあおむし』の原書“The Very Hungry Caterpillar”は、1969年にアメリカで刊行されました。おなかを空かせた小さなあおむしが美しい蝶になるまでの成長物語を、曜日や数の概念も交えながら、鮮やかな色彩で描いた絵本です。
あおむしが食べた跡のような穴や、サイズアップしていくページといった遊び心のあるしかけが魅力ですが、当時のアメリカでは技術的な課題から対応できる会社が見つからず、初版の印刷・製本は日本の会社が担いました。日本では7年後の1976年、もりひさしさんの翻訳で偕成社から出版され、今年で刊行50周年を迎えます。日本語版の発行部数は約460万部で、日本で一番売れている翻訳絵本です。日本語以外にも約70の言語に翻訳され、世界中で広く親しまれるロングセラーとなりました。
本展では『はらぺこあおむし』全ページの原画のほか、着想のきっかけとなったダミーブック「みみずのウィリーのいっしゅうかん」、出版20周年、25周年など周年を記念して描かれたアートワークなども展示されています。
エリック・カールは、『はらぺこあおむし』をはじめ多くの絵本をコラージュで制作しました。エリック・カールのコラージュといえば、薄紙一枚一枚に自ら色を塗り、筆やスポンジなどを使って模様をつけた紙を素材として使うのが特徴。絵に合わせて紙に色を塗るのではなく、あらかじめ様々に色付けした紙を作っておき、絵を描くときに紙を選ぶのを楽しんでいたといいます。色付けされた紙は色別に引き出しの中に収納され、その引き出しをパレットのようにして、切り貼りして絵を制作していました。
絵本よりもサイズの大きい原画を近くで見ると、独特の模様や素材の重なりなど、絵本では気づかないところまでじっくりと味わうことができます。
エリック・カールが絵本作家になるまでの歩みを紹介する第2章「思い出を絵本に」には、幼少期や学生時代の経験をもとにした作品が並びます。
エリック・カールは1929年にニューヨーク州で生まれ、6歳のときに両親の故郷であるドイツに移住。ナチス政権下のドイツで、言語の違いや規律の厳しい学校に戸惑い、灰色の少年時代を送りました。そんな中、学校の美術の先生がこっそり見せてくれたのが、当時“退廃芸術”として弾圧されていたピカソやクレー、マティスらの複製作品。その鮮烈な色彩に衝撃を受けたことが、後の創作の原点となりました。
幼い頃の友人との別れをもとに描いた『いちばんのなかよしさん』の原画は日本初公開。他にもデザイナー時代のポスター作品や、日本では出版されていない画風の異なる絵本、絵本作家としてのデビュー作『1,2,3 どうぶつえんへ』などの原画も見ることができます。
第3章「遊べる本、読めるおもちゃ」では、エリック・カールの絵本の特徴のひとつである、読者を絵本の世界に引き込む「しかけ」に着目。丸い穴や星型、階段状にカットされたページの形をヒントにプレゼントを探す『たんじょうびの ふしぎなてがみ』や、透明シートをめくると隠れていた魚が現れる『とうさんはタツノオトシゴ』など、遊び心あふれるしかけ絵本の数々を原画で楽しむことができます。
すべての展示を見終えた先には、絵本を自由に閲覧できる読書コーナーがあります。原画を堪能したあとは絵本を手にとって、ユニークなしかけやページをめくる喜びを体験してみてはいかがでしょうか。
展覧会の締めくくりとなる第4章は「エリック・カールのアトリエ」。実際に使用していた画材や着色した薄紙、制作時に着用していたスモックやイタリア製の革靴からは、晩年まで描き続けたという作家の息遣いが伝わってきます。
1985年の初来日以来、何度も日本を訪れているエリック・カールの、日本との関わりを紹介する展示も見逃せません。2002年に開館した米国マサチューセッツ州のエリック・カール絵本美術館は、エリック・カールが日本各地の絵本美術館を視察した経験から設立されました。2011年の東日本大震災で被災した子どもたちに寄付するための、チャリティーオークション用に制作された作品には、「DAISUKI」「ARIGATO」「GANBATTE」という文字がエリック・カールならではの色彩でコラージュされています。
2021年5月23日、マサチューセッツ州ノーサンプトンにある自身のスタジオで、家族に囲まれながら静かに息を引き取ったエリック・カール。91年の生涯で生み出した絵本の数々は、今も世界中の多くの読者から愛されています。「大人の方々にこそ見ていただき、エリック・カールの歩んだ人生や絵本に込められたメッセージを感じてほしい」と担当学芸員の八巻香澄さん。見終わったあと、虹の彼方のエリック・カールに「DAISUKI」「ARIGATO」と伝えたくなる展覧会です。