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「ヒトラーのモデルはアメリカだった」書評 「自由の国」の「不都合な真実」

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月20日
ヒトラーのモデルはアメリカだった 法システムによる「純血の追求」 著者:ジェイムズ・Q.ウィットマン 出版社:みすず書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784622087250
発売⽇: 2018/09/04
サイズ: 20cm/176,45p

ヒトラーのモデルはアメリカだった 法システムによる「純血の追求」 [著]ジェイムズ・Q・ウィットマン

 これこそが「不都合な真実」であろう。ナチス・ドイツが1935年に悪名高いニュルンベルク法を制定した際、モデルとしたのが米国だというのだから。ユダヤ人から公民権を奪い、ユダヤ人とドイツ人との婚姻を禁止したナチスは、やがて絶滅政策へと突き進んでいく。このおぞましい政権が米国を模範としたというのは本当だろうか?
 実際には、これは突飛な議論ではない。1790年の米国初の帰化法は、対象を「自由な白人」に限定した。その後、非白人も市民と認められるようになるが、19世紀後半にはアジア系移民の排斥法が制定され、黒人、先住民、フィリピン人やプエルトリコ人も二級市民に貶められていく。
 人種間混交の排除でも米国は際立った。優生学が流行した20世紀初頭には各州で異人種混交禁止法が導入される。人種主義的社会秩序の構築も進み「血の一滴の掟(ワンドロップルール)」により黒人を分類する慣行が広まった。
 このような人種法の数々を、ドイツ法曹は意欲的に吸収した。反対がなかった訳ではない。法理を重視する守旧派は、人種の定義すら曖昧なまま米国法を真似ることに反発した。しかし、急進派は、米国では法律が「人種の政治的構築」を達成したとして、社会の変化に柔軟に対応する法文化を称賛したのである。
 気の滅入る話だが、救いは人種主義を国家事業としたナチスとは異なり、米国ではこれ以後、公民権が拡大したことであろう。その理由は、米国に人種法と対立する立憲主義や平等主義の伝統が併存したからだと著者はいう。
 ただし、これも両刃の剣かもしれない。多くの米国人は、自国が自由や民主主義のモデルだと信じるあまり、同時に人種主義政策のモデルだった可能性に気づかない。「自由の国」というイデオロギーが、人種差別の現実を隠してしまうのだ。今日の世界にも潜む危険を冷徹にえぐり出す読み応えのある書物である。
    ◇
 James Q.Whitman イェール・ロー・スクール教授(比較法、刑法、法制史)。著書に『過酷な司法』。