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「悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか」書評 バグではなく人間らしさの本質

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2018年10月27日
悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか 著者:エマ・バーン 出版社:原書房 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784562055913
発売⽇: 2018/08/14
サイズ: 20cm/263,7p

悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか [著]エマ・バーン

 全員で下品な隠語を使うチームのほうが、使わないチームよりも労働効率がよく、メンバー同士の結びつきが強く生産性が高い。しかもこれは特殊な事例ではなく、さまざまな労働環境で普遍的に見られる現象であることは、さまざまな研究が明らかにしている。また、冷たい氷水に手を入れて耐えるとき、汚い言葉を使ったほうが、汚い言葉を使わないときよりも1・5倍も長く耐えられる。チンパンジーは言葉を獲得すると同時に罵倒語も身につけた。事故で左前頭葉が吹っ飛んでしまった人はその後、人が変わったように罵倒語をわめき続けるようになった。罵詈雑言、罵倒語、悪態、クソおもしろエピソードのオンパレードだ。
 学問の良いところはタブーがないところにある。社会的には悪、醜い、考えるに値しない、などの理由で忌み嫌われているものでも善悪の価値判断の前に、フラットになにが起こっているのかを明らかにする。人はなぜそうした行動を嫌うのか、なぜ嫌がられても続けるのか、といったことを知るためにも学問にタブーは必要ない。
 汚い言葉とされるものは、全世界中の人が日々口にしながらあまり顧みられることのない領域だ。権威のある辞典には、言葉自体掲載されていなかったり用法を認められていなかったり、社会からは「ないもの」とされているものばかり。だが、ロボット工学者にして人工知能開発に携わる著者は、言語学、神経科学、心理学などあらゆる学問の研究成果から横断的に「悪態」を調査・研究した。そうしたことから考えさせられるのは、人間の「バグ」のように思われて思考から排除されてきたこのような言葉たちが、実はロボットと人間の境目にある人間のアイデンティティにすらなっているという可能性だ。思考の過程を経ず、反射的に出てくる言葉だからこそ本質的なのだ。タブーから目を背けてばかりはいられないね。
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 Emma Byrne 1974年生まれ。科学者、ジャーナリスト。英米のメディアでロボット工学や人工知能を解説。