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「運命 文在寅自伝」書評 「人が先」で歩んだ大統領への道

評者: 齋藤純一 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月03日
運命 文在寅自伝 著者:文 在寅 出版社:岩波書店 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784000222396
発売⽇: 2018/10/05
サイズ: 19cm/408p

運命 文在寅自伝 [著]文在寅

 表題の「運命」は盧武鉉韓国元大統領の遺書から採られた言葉である。著者は、1982年に盧と出会い、故郷の釜山に合同の法律事務所を構えた。以来、2009年、投身自殺により盧を喪うまで二人は同じ道を歩んだ。民主化運動をリードする弁護士として、また大統領とその側近として。
 「幼い頃の貧しさの記憶は、生きていくうえでそのまま人生の教訓となった。もう二度と貧しくなりたくはなかったが、かといって、自分だけが豊かになりたいとも思わなかった」。二人を運命のように堅く結びつけたのは、「人が暮らす世の中」(盧)、「人が先」(文)という思想である。
 2011年に出版された本書は版を重ね、発行部数は二十数万部に及ぶ。前半は、朝鮮戦争時に現北朝鮮地域から逃れてきた父母のもとに生まれ、「問題児」と呼ばれながらもむさぼるように本を読み、朴正熙の独裁強化に抗議する闘争による収監、空挺部隊での兵役、結婚を経て、盧と出会うまで。後半では、全斗煥らの軍事独裁に抗した民主化運動の経験、その後首席秘書官・秘書室長として盧元大統領を支えた青瓦台での日々が、誇張や潤色のない筆致で綴られる。
 印象に残るのは、経験を一つひとつ振り返り、そこから学んだ事柄を心に刻もうとする姿勢である。「成功は成功として、挫折は挫折として」。歯を何本も失うような激務、神経がすり減るような政争のなかでも、何を優先し、どう対処すべきであったかの反省が疎かにされることはない。
 韓国社会の格差や少子化は日本にもまして深刻である。地域間の反目も根強く、財閥が牛耳る経済や歴代政権が陥ってきた「政経癒着」の問題も残る。文大統領はいま、北朝鮮との信頼関係を築こうとイニシアティヴを発揮しているが、「人が先」という初発の動機づけは実効的な政策として実を結ぶだろうか。任期後に書き継がれるであろう続編を待ちたい。
    ◇
 ムン・ジェイン 1953年生まれ。第19代韓国大統領。2012年の大統領選は朴槿恵氏に惜敗するが、17年に当選した。