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村田沙耶香「地球星人」書評 女性の生きづらさ、鋭く問う

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月10日
地球星人 著者:村田沙耶香 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103100737
発売⽇: 2018/08/31
サイズ: 20cm/246p

地球星人 [著]村田沙耶香

 生き延びるとは、こんなに困難なことなのか。小学生の奈月には味方がいない。いつもいら立っている母親は彼女を出来損ないとののしり、学校でうまくやれない姉も奈月にあたる。なぜか。家族のなかでいちばん弱い彼女をストレスのはけ口にするためだ。奈月は思う。「私はたぶん、この家のゴミ箱なのだ」
 自分を保つために、奈月はぬいぐるみのピュートとの世界を空想する。その物語を共有してくれるのは、長野の田舎にある祖母の家で夏休みに会ういとこの由宇だけだ。彼もまた、離婚の末に自殺未遂を起こした母親との困難な関係を抱えていた。2人は自分たちが他の惑星から来た、というお話を作って支え合う。
 だがこの均衡を破る出来事が起こる。塾の伊賀崎先生に自宅に連れ込まれた奈月は性的な行為を強要され、味覚や片耳の聴覚を失ってしまう。このままでは殺される。故郷の星にも帰れなくなる。自分を追いつめてくる幻想の魔女と、奈月は手に持った鎌で必死に闘う。そして気づけば伊賀崎先生は死んでいた。
 村田は常に、現代日本に女性として生きることの困難を描いてきた。母親による価値観の押しつけへの嫌悪や、性への違和感など、彼女の問いかけは常に我々の心を深くえぐる。
 社会のなかで人は「働く道具」や「生殖器」となれと命じられる。じゃあ有能なら誰でもいいのか。今ここにいる自分の感覚や喜びは何の価値もないのか。
 本書の後半で奈月は、失われた口や耳の感覚を取り戻すべく苦闘し続ける。ほとんどSF的な展開になるのは、今の世の中で女性が自分自身であり続けることが、どれほど困難であるかを示しているのだろう。
 ものの味を感じ、音を両耳で聞けるようになったとき、彼女は既に人であることをやめている。いや、むしろここまで奈月を追いつめた我々のほうが人ではないのではないか。村田の問いかけは鋭い。
    ◇
 むらた・さやか 1979年生まれ。2003年に作家デビュー。『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、「コンビニ人間」で芥川賞など。