村田沙耶香「タダイマトビラ」書評 家族というシステムの外へ
ISBN: 9784101257129
発売⽇: 2016/10/28
サイズ: 16cm/229p
タダイマトビラ [著]村田沙耶香
子どもを愛せない母親に育てられた娘の物語。もっとも、ネグレクトなどの虐待を受けているわけでもなさそうで、その分、冷静に自らの欲求を自覚し、将来理想の家族を作ることを目標に据える。
小学生時代、満たされない「家族欲」の高まりを解消するための行為「カゾクヨナニー」(家族自慰、あるいは「家族よ何?」と響く)を開発するのだが、これが性愛を想起させ、興味深い。王子様に見初められ結婚するお姫様の物語に没入しつつ、「ニナオ」と名付けたカーテンとたわむれる描写は、十分すぎるほどエロチックなのだ。
その上で、物語は、制度としてガチガチの枠組みになった「家族」を捉え直す方向に舵(かじ)を取る。実際、家族とは、子にとっては選択不可能な所与のものだ。閉塞(へいそく)感に苛(さいな)まれる例は多かろう。一方、いざ自分が親になると、そこそこ努力して「家族」している面にも気付かされることもあるわけで、これは「リアル家族自慰」を日々行っているともいえるのではないか。
娘は高校時代に年上の恋人を得て、同棲(どうせい)を始め「理想の家族」に肉薄する。しかし、今まさに実現しようとしている家族が、実は「カゾクヨナニー」ではないかと気付いてしまう。恋人との間の性的な違和感を直接的なきっかけに、「ニナオ」と戯れた「王子様とお姫様」の物語も解体され、それどころか、世界に深い亀裂を見いだすに至る。「システムに不備がある」「もっと賢くならないと」と考え「カゾクとしてのシステムの外」に帰ることを選ぶ。どう「帰る」のかは読んで頂くとして、かなり「大風呂敷な認識の外し方」と指摘しておく。
家族のシステムに息苦しさを覚える人は、こういう認識の外し方をすると実際に楽になれるかもしれない。これは昔SFが持っていた役割かもと思い、SFで育ったと自認する評者は、その点でも感慨深かった。
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新潮社・1680円/むらた・さやか 79年生まれ。03年『授乳』で第46回群像新人文学賞受賞。