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今向き合う、検事だった父 黒井千次さん「流砂」

黒井千次さん=村上健撮影

老いと過去が主題の自伝的長編

 8年がかりの小説は、老いと過去がテーマ。黒井千次さん(86)の新刊『流砂』(講談社)は、70代の「息子」が90代の「父親」の過去を見つめる自伝的長編小説だ。
 父親が体調を崩して入院した。同じ敷地内の隣家に暮らす息子は、父親の書斎で厚い冊子を見つける。「思想犯の保護を巡って」というタイトルと「秘」の印があった。息子は、戦中に思想検事だった父親の過去をたどる。
 黒井さんの父親は最高裁判事まで務めた長部謹吾さん。1991年に90歳で亡くなった。「『父と息子』は物書きにとって永遠のテーマ。それに加えて私の場合、父親の職業が検事で、学生時代は友人に『お前のおやじは検事だってな』と言われ、居心地が悪かった。父親との関係を考えたいと思いながら、若い時には書けなかった」
 黒井さんは32年生まれ。父親の年齢に近づいてきた。「若い頃であれば、父親に対してこわばった状態で書いたのではないか。しかし、とんがっていては深みのある関係は描けない。今の方が寛容です。父への寛容は同時に自分への寛容。年をとると、いろんなものが相対化されますね」
 「昔のことはよく思い出します。懐かしいこと、嫌なこと。忘れたいのに忘れられないこと、忘れちゃいけないのに忘れちゃったこと。小説の本質は、そういうものと向き合うことです。さっと過ぎ去ってしまうことを言葉にして、それが重なれば新しく見えてくるものがあるだろうと」
 物語は父親が発熱した場面で終わる。「この父親はずっと死なないですよ。書く能力も体力も落ちてくるが、これは終わらないなという感じがある。大長編になりそうです」(中村真理子)=朝日新聞2018年11月21日掲載