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山田洋次「悪童(ワルガキ) 小説 寅次郎の告白」書評 敗戦またぎ昭和を物語る“自伝”

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月24日
悪童 小説寅次郎の告白 著者:山田 洋次 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784062207294
発売⽇: 2018/09/07
サイズ: 19cm/183p

悪童(ワルガキ) 小説  寅次郎の告白 [著]山田洋次

 私、生まれも育ちも東京は葛飾柴又。姓は車、名は寅次郎……。いやね、あの寅さんにも生い立ちってのがあるわけで、この本は寅次郎が自ら語った少年時代のお話なんですよ、はい。自伝? ああ、そうかもしれません。書いたのは山田洋次監督ですけどね。
 ちょいと意外ですが、寅次郎の少年期は出自と戦争を抜きに語れない。
 寅は帝釈天の参道の団子屋の軒先に捨てられてたんだそうですよ。それが昭和11年2月26日、二・二六事件の当日だった。道楽者の父親と売れっ子芸者のお菊の間に生まれたのが寅で、京都に身売りするお菊が父親の家の前に置いてった。
 だから妹のさくらとは母親が違う。しかし、育ての母の光子がそりゃあできた人でね、寅次郎をわが子同然に育てた。上に兄がいたんだけど、戦時中に発疹チフスで亡くなって。
 父親に疎まれていた寅は最初っから居場所のないフーテンみたいなところがあった。しかも少年時代の前半は戦争、後半は焼け跡闇市の時代でしょ。出征した父親の平造が帰ってきたのは敗戦の年の暮れだった。そうそう、平造の弟のあのおいちゃんとおばちゃんは3月10日の東京大空襲で家と子どもを失い、実家の団子屋を手伝うことになったんだそうですよ。
 え、マドンナ? いますいます。なにしろあの性格だからねえ。11歳んときに隣の印刷工場の女工だったサトコにポーッとなったのが、本人は初恋だっていってます。中学校時代の先生のお嬢さん・夏子さんにも相当のぼせてたね。
 監督はしかし、なんでまた映画ではなく小説にしたのか。もっと若い監督に映画を撮れっていう指令なんじゃないでしょうかね。
 寅次郎といわれても「それ誰?」な世代ばっかでしょ、いま。撮ってほしいねえ映画。単なるノスタルジーじゃない。寅次郎自身が昭和の貴重な記録だから。戦後日本の原点を思い出してほしいよねえ。
    ◇
 やまだ・ようじ 1931年生まれ。映画監督、脚本家。監督作に「男はつらいよ」シリーズ、「たそがれ清兵衛」など。