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「タイの地獄寺」 立体像“珍スポット”の意図は?

評者: 宮田珠己 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月24日
タイの地獄寺 著者:椋橋 彩香 出版社:青弓社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784787220783
発売⽇: 2018/10/15
サイズ: 21cm/157p

タイの地獄寺 [著]椋橋彩香

 地獄の釜で煮られ泣き叫ぶ死者たち、裸で棘の木を登らされ血まみれの男女、顔が獣に変えられさまよう亡者。タイには、そんな地獄の様子をコンクリート像で表現した寺が多くある。まれに日本でもお寺の地下などに地獄の情景を表現したジオラマが併設されていることがあるが、タイではこれが屋外で大々的に展開されているのだ。
 実は私も見に行ったことがあり、おどろおどろしいようでどこかユーモラスな味わいは、いわゆる珍スポットとして印象に残った。
 本書は、このような立体像で地獄をあらわしたお寺を地獄寺と定義して、真面目に考察していく。
 そもそもなぜこんなものが作られるようになったのか。
 そこにはタイの政治状況が大きく影響していた。地獄寺の多くは、民主化運動が盛りあがりを見せた1970年代以降、弾圧に対する抗議の表現として制作されたのである。立体像のなかには「横領する/賄賂をとる」「民衆をだます」などの罪状が体に描かれているものもある。
 現在では観光地化を意図して作られている面もあるが、それでも「薬物中毒」「バイク事故」「環境破壊」などを戒める像が作られるなど、社会問題に取り組む姿勢は時代を超えて一貫している。珍スポットにもちゃんと意図があったのだ。といっても見る者の心に真に響いているかという点は疑問だけれども。
 著者はさらに、これら地獄の表現のなかに現地の精霊信仰との混交が見られることを指摘。タイには独自のピーと呼ばれる精霊がおり、ピーの出てくる怪奇映画もよく作られてきた。そのピーこそが地獄寺のイメージの源泉になっていると読み解いていく。
 B級だの珍スポットだの言われる場所にも背景があり、その表現には文化的な特殊性が紛れ込んでいるということ。当たり前だが、そこを掘り下げてみようとした著者の着眼に脱帽だ。
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くらはし・あやか 1993年生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士後期課程在籍。美術史学を専攻。