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太陽系脱出、最短でも1400年 朝日新聞読書面書評から

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月01日
宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来 (中公新書) 著者:小泉 宏之 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121025074
発売⽇: 2018/09/20
サイズ: 18cm/309p

もしも宇宙に行くのなら 人間の未来のための思考実験 著者:橳島次郎 出版社:岩波書店 ジャンル:天文・宇宙科学

ISBN: 9784000253239
発売⽇: 2018/10/05
サイズ: 19cm/165,7p

宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来 [著]小泉宏之/もしも宇宙に行くのなら 人間の未来のための思考実験 [著]橳島次郎

 田舎の夜空をずっと見上げていた僕の子どもの頃の夢は、ロケットを作って火星に行くことだった。アポロ計画に携わったフォン・ブラウン博士と、H・G・ウェルズのSF小説『宇宙戦争』の影響だろう。幾星霜がすぎたが今でも昔の夢が時折顔を出す。『宇宙はどこまで行けるか』はロケットエンジンの実力と未来を分かりやすく描いた本でワクワクした。
 ロケットとはモノを押す装置である。自分が持っている何か(固体燃料や液体燃料)を外に投げることで加速する仕組みがロケット推進だ。しかし空気抵抗や重力があるので人工衛星を打ち上げようとしても、ロケット全体の重さの3~4%しか宇宙にはいけない。人工衛星は太陽光パネルでエネルギーを得ているので「姿勢が命」、姿勢の安定には回転を利用する。コマと同じ原理だ。
 次に地球の重力圏を飛び出して遠い宇宙を目指そうとすれば、小惑星を探査した小型探査機「はやぶさ」のようにイオンエンジン、すなわち電気の力を借りるのが常道だ。なお、小惑星は数百万個以上あるが広大な空間に散らばっているので衝突する心配は無い。地球250個当たり人間1人という状態なのである。
 いよいよ火星である。まず火星往復には3年近くを要するので有人探査の場合は最低6人のチームが必要だという。往復宇宙船は出発時質量が約1千トンで国際宇宙ステーション(ISS)三つぐらいの規模となる。打ち上げられる大きさではないので、ISS同様に宇宙空間で組み立てるしかない。ISSは20年かけてたくさんロケットを打ち上げて製造したので、その数倍のロケット打ち上げが必要となる。問題は技術よりお金(ISSは15兆円)で火星への旅は、10兆円から100兆円まで幅がある。でもこのように詰めてくると、火星くらいなら行けそうな気がしてくるから不思議だ。
 木星や土星の探査はもっと大変だ。遠いから大きな加速が必要で推進剤ではほぼ不可能であり、太陽光が弱くなるので太陽電池が使えない。そこで、スイングバイと原子力電池が必要となる。探査機「ボイジャー」が使ったスイングバイの本質は衝突で、惑星の重力(バット)と探査機(球)の関係となる。さらに、太陽系を脱出し、太陽に最も近い恒星アルファ・ケンタウリに行くには最短でも1400年。今、見えている技術ではこのあたりが限界だ。
 でも、これだけ時間がかかるのなら、人間の寿命では対応できない。ロボットや人工知能の支援をどこまで受けるのか、人間のサイボーグ化をどこまで推し進めるのかという深刻な問題に突き当たる。『もしも宇宙に行くのなら』は、この問題に取り組んだ壮大な思考実験として考えさせられる。
    ◇
 こいずみ・ひろゆき 1977年生まれ。東京大准教授。「はやぶさ」帰還や小型衛星の開発に携わる
 ぬでしま・じろう 1960年生まれ。生命倫理政策研究会共同代表。『生命の研究はどこまで自由か』