ISBN: 9784065129692
発売⽇: 2018/10/25
サイズ: 20cm/350p
ISBN: 9784766424577
発売⽇: 2018/09/06
サイズ: 22cm/254,11p
大拙 [著]安藤礼二/井筒俊彦英文著作翻訳コレクション 言語と呪術 [著]井筒俊彦
『大拙』を読んでいると、日本の近代思想史はもちろん、日本の近代美術史はおろか、近代から現代に至る世界思想史までもが根本から書き換えられていくようで、めまいに近い感覚を覚える。鈴木大拙といえば、誰もが瞬時に「禅」を思い浮かべるはずだ。しかし、その内実と未知の可能性について、ここまで肉迫した評論は、これまでなかった。
大拙の禅は、なにより体験を重んじる。ただし単なる体験ではない。「一即多、多即一」であらわされる華厳的な「真如」でなければならない。しかし、この華厳的な体験がアメリカのプラグマティズムの哲学者、ウィリアム・ジェイムズの唱えた「純粋経験」と?がっていたとしたら、どうだろう。大拙の禅はプラグマティズムの観点から再解釈が可能かもしれない。あるいは、プラグマティズムの観点から禅について理解することもありうる。実際、大拙から多大な影響を受けた作曲家のジョン・ケージは、その延長線上に沈黙を「音楽」として捉える前例のない境地に達した。
不二/合一とも言えるこのような「照応(コレスポンダンス)」の数々が、本書を通じて、きらびやかな万華鏡のように披露されていく。大拙と西田幾多郎、折口信夫、柳宗悦、岡倉天心、南方熊楠、さらにはスエデンボルグやマイスター・エックハルトといったキリスト教神秘主義者と大乗仏教の如来蔵思想までもが、時と距離を超えていつしか響き合い始める。
見落としてならないのは、こうした数多の軌跡が「翻訳」を通じて生み出されたことだ。大拙の禅は若くしてアメリカに渡り、『大乗起信論』の英訳や『大乗仏教概論』を英語で書くことで拓かれた。いっそ、禅とは「翻訳」の極意なのだと言ってもいい。その意味で、『大拙』に前後して言語学者、井筒俊彦の初の英文著作が同じ安藤の監訳で世に出たのは偶然ではない。
井筒もまた、大拙と同様、主に英語で執筆することでみずからの思想を外化=翻訳し、世界へと送り届けていった。『大拙』のなかで読者は井筒の思想に思わぬかたちで遭遇するだろう。安藤は「井筒の仕事を、鈴木大拙を源泉とする近代日本思想史の系譜の最後にしてその総合と位置づけることは充分に可能であるはずだ」とまで言っている。
井筒は『言語と呪術』で「言語的な象徴によって心にもたらされる『何か』とは正確には何であるか」と繰り返し問うている。言語にとって純粋経験とはなにか。呪術と禅は響き合うか。二冊を併せて読み進めれば、その道筋がおぼろげながら見えてくるはずだ。
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あんどう・れいじ 1967年生まれ。文芸評論家。『折口信夫』でサントリー学芸賞ほか。『祝祭の書物 表現のゼロをめぐって』など▽いづつ・としひこ 1914~93年。哲学者、言語学者。著書に『意識と本質』など。