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若手の「やろう」が大企業を変えるきっかけに! ONE JAPAN共同発起人・濱松誠が考えるタテ・ヨコ・ナナメのつながり

文:岩本恵美、写真:有村蓮

必要なのは「つながり」と「仲間」

――濱松さんはパナソニックに入社後、内定者を含めた若手同士の懇親会や交流会を開いてきましたが、それを始めようと思ったきっかけってなんだったんですか?

 まず、自分が内定者だったときの悔しさがあったんです。リクルーターの方々に会えて、その人たちが素晴らしい人たちだったから、社内の人にもっとたくさん会いたかったんだけど、できなかった。僕が入社した当時、ベンチャー企業だと社長直属のインターンや社長と会食など直接会う機会があったけど、大企業だからってそれができないというのは違うかなと思って。
 出会いをつくりたかったんですよね。最初は年代の幅はなかったけれど、それでも人数がある程度集まれば職種の幅が出る。大きな会社なんだから、いろんな仕事をしている人と会いたいですよね。

――そうやって、6年目には参加人数400人という大人数に。そんな中、松下電器産業がパナソニック電工と三洋電機を完全子会社化して、現パナソニックとなるわけですが、当時の大坪文雄社長が掲げた“One Panasonic”という言葉に触発されて、3社の若手をつなぐ有志団体「One Panasonic」を立ち上げます。ここでの活動は、それまでの懇親会や交流会とはどう違ったんでしょうか?

 基本的につながりをつくるということには変わりはないんですが、組織や年代、役職、部署などを超えたつながりをつくるということは明確にしていました。それまでの懇親会や交流会は、一番社歴が長いのは自分たちの世代。ちょっと先輩を呼ぼうとしても、40代の部長クラス一人くらいです。だけど、それを、明確にタテ・ヨコ・ナナメと縦横無尽につなげていこうとしたのがOne Panasonicですね。そうやってつないだ結果、「オープンイノベーション」や「共創」の芽が生まれてきたという感じです。

――本でもOne Panasonicの活動が紹介されていますが、社内のミドル層に話してもらう「ようこそ先輩」と、アルムナイ(卒業生)を呼んで講演会や交流会をする企画はとても面白いですね。

 いわゆる、たかが交流、たかがつながりをつくることなんですけど、それをやっていない企業が多いんです。「やり続けて」いない企業が多い、というほうが正しいかもしれません。
 「ようこそ先輩」は中間管理職の巻き込みです。若手だけじゃなくて、ミドル層の方々の仲間も増やしたかった。アルムナイは、社内も社外も両方知っているから架け橋になる。そして、こうした付き合いが「出戻りもある」という選択肢にもなるんですよ。

――こうしたOne Panasonicの活動は、通常業務にプラスアルファで二足のわらじでなされていますが、プライベートの時間まで割いて活動していた原動力ってなんなんでしょう?

 幹事メンバーによって原動力は異なりますが、私の場合は、一つは使命感。「いいことやっているね」「俺もそう思う」とか、他の部署や他の企業の若手からも言われるんですけど、「え?思っているのになんでやらないの?」って。誰もやらないんだったら、自分がやろう、解決しようって思いました。
 二つ目は、僕自身がつながりをつくったり、みんなで「やろう!」という雰囲気をつくったりするのが好きだということ。だから、「好きこそものの上手なれ」じゃないですけど、嫌じゃないんですよね。好きだから続けられた。
 三つ目はある種の義憤です。組織のタコツボ化やサイロ化って今に始まったことじゃない。もっと前から何か手を打っておいてほしかったという義憤があります。でも、人のせいにしてもしょうがないし、批判するだけというのは絶対に嫌なので自分でやる。
 あと、仲間がいるから孤独じゃないんですよ。「若手が解決できるのか」とか「やっても意味ない」とか、社内外の批判もやっぱりあって気分が落ちてしまうこともあったけど、そういう時には常に仲間が背中を押してくれたんですよね。

タテ・ヨコ・ナナメをさらに拡大
One PanasonicからONE JAPANへ

――タテ・ヨコ・ナナメのつながりはさらに広がって、2016年には大企業の若手有志団体から成るコミュニティ「ONE JAPAN」を発足させます。具体的にはどんな活動をしているんですか?

 1年に1回のカンファレンスで、まずはセミナースタイルのインプット。テーマは、イノベーションや新規事業、働き方改革、組織活性化や大企業変革、デザイン経営などです。そのあとは、交流セッションで、3人1組、4人1組になって自己紹介したり、グループディスカッションをしたりする。普通1000人規模で集まったら、講演やパネルディスカッションで終わりなんですけどね。これって、やっぱり「仲間」だからできるんですよ。面識はなくても、多かれ少なかれ、みんなONE JAPANに所属している人だっていう、心理的安全性がある。

――ONE JAPANへの加盟には、「大企業の若手有志団体であること」という条件がありますが、大企業であることの必然性は何かあるんでしょうか?

 究極的にはありません。一つは、大企業のいろんなリソースを使い倒しましょう、ということなんです。大企業の最大の特徴って、スピードは遅いものの、人材、技術、ブランド、歴史、信頼、お金、顧客基盤などの有形無形のリソースを豊富に持っていること。なので、それらを使い倒してみる。それでも面白くないなとか、もっとやりたいことができたら辞めたらいい。でも、それもやっていないのに辞めるのはちょっと残念だなと僕は思います。もちろん、個人の自由ですけどね。
 あと、「オープンイノベーションだ」「ベンチャーやスタートアアップとの連携だ」と言っても、「大企業の人間がイマイチなんだよな」という声をよく聞くから、そうならないようにしたいと思うんですよ。中にいる人も変わった方がいいし、面白いことができるようになった方がいい。ベンチャーやスタートアップと大企業は、両輪だから。
 「大企業」というのは、一つのユニークネスなんです。特徴。ただ、排他的にならないように、他のセクターの思いのある人とは「何か一緒にやりましょう」と常に言っています。

――住み分けをして両輪を回していこうと。

 はい。あと、こういうONE JAPANみたいな組織ってないですよね。大企業の若手がちょうど「自分ごと」でできるコミュニティ。社長や経営者がやっているわけじゃないから、等身大なんですよ、良くも悪くも。

「ドゥーアー」になるために心がけたい5つのこと

――そういう等身大のコミュニティだから、自分でも何かできるかもと希望を持てるのかもしれません。ONE JAPANへの加盟条件には、個人ではなく団体として活動していることも必須です。

 勉強会や交流会、新規事業プロジェクトなどをやっているかということですね。成果や活動規模については細かくは決めていません。ただ、せっかく自社変革などONE JAPANの活動で得たものを自社に持ち帰っても、それを持ち帰ったのが一人だけだったら浮いてしまうから、10人、20人というある程度の規模が必要なところはありますよね。

――とはいえ、実際に行動することって本当に難しいです。ONE JAPANの皆さんは本書でいうところの「ドゥーアー(実践する人)」ですが、ドゥーアーになるためのアドバイスがあれば教えてください。

 順不同になりますが、僕が一歩踏み出すために大事だと思うのはこの5つです。

  • 小さな一歩から
  • 仲間をつくる
  • 失敗を恐れるな
  • 人生は一度きり
  • 自分のやりたいことは何か、自分の得意なことは何かを考える

 本当に、最初の一歩はなんでもいいんですよ。そのスピードも徐々にあげるのでもいいし、いきなりいける人は一気に飛び越えてもいい。でも、うまくいかなかった時に仲間がいないと、孤独になって挑戦をやめてしまう。それが一番怖いこと。みんな強くはないから、仲間は大事ですね。

――ドゥーアーである濱松さんの心の支えになった本ってありますか?

 岸見一郎さんの『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)。僕も気にはしますけど、みんな人の目を気にしすぎだと思います。でも、案外、周りは覚えていない。だから、気にせずにやったらいいんです。失敗しても死なないんだから。

「辞める」を選択して次のステップへ

――本のあとがきを読んで驚いたんですが、濱松さんはパナソニックを「辞める」という選択をされたそうですが、それはどういう思いで決断したんでしょうか?

 乳がんになったことのある人が妻になって、僕の死生観は変わりました。ストーリーとしては、パナソニックを辞めずにこの流れを全うする方がある種きれいなのかもしれませんが、人生一度きりだからやってみようと思って。この12月末でパナソニックを退職して、妻と一緒に日本一周と世界一周をする予定です。帰国したら起業をして、ONE JAPANにもよりいっそう専念したいと思っています。

――今後ONE JAPANはどうされるんですか?

 ONE JAPANとしての2年間、One Panasonicも含めたら6年半、こうした活動をしてきて、やっぱりある程度専任や事務局のようなものがあったほうが良いということがわかりました。
 いま、ONE JAPANを構成しているのは、東京、名古屋、関西、福岡の大企業およそ50社。でも、ONE JAPANって言っているんだから、本当は北は北海道から南は沖縄まで知らないと、ONE JAPANとは名乗れないと思うんです。だから、まずは日本のことをもっと知りたい。いろんな地域を回ってその地域の企業だけじゃなく、アカデミア、行政、市民の人たちともつながっている状態をつくっておきたいというのがあります。それは僕だけでは究極的には無理だけど、その地域のキーパーソンとつながるだけでもいい。
 そうやって日本を知った次は、世界を知りたい。たとえば、世界のイントラプレナー(社内起業家)たちに会って、海外の若手たちはどんな思いで働いているのかとか、知りたいですね。もちろん、ベンチャーやスタートアップも。あと、「世界の中の日本」という視点で日本を捉えることも大事だと思うんです。その経験やつながりをまたONE JAPANに戻したい。中と外の架け橋になれたらいいですね。

――起業ではどういったことをやっていくのでしょう?

 これから妻と考えていきたいと思いますが、頑張る人を包み込めたり、後押しできたり、孤独にならずにいられる居場所があったり、そんな社会をつくっていければいいなと思っています。妻と一緒にやるので、彼女のいいところと僕のいいところを合わせてやっていきたいですね。
 起業した途端に「大企業はダメだ」とは言いたくないんですよ。自分自身、好き勝手にやらせてくれたパナソニックには本当に感謝しています。大企業にしろ、ベンチャーやスタートアップにしろ、どちらにもいいところもあれば、悪いところもあるんです。ベンチャーやスタートアップはフットワーク軽く早く動けます。一方で、大企業が動くとレバレッジがかなり効く。なので、そこにつながりがあれば、もっと大きく動ける。だからこそ、お互いに尊重し合いながら、人材の流動も含めて両者が連携することがこれからの日本にとってますます大事だと思うんです。これからも仲間と一緒に、自分にできる範囲でやれることをやっていきたいと思います。