辻山良雄が薦める文庫この新刊!
- 『無敵のハンディキャップ 障害者が「プロレスラー」になった日』 北島行徳著 ちくま文庫 1026円
- 『塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性』 藤本和子著 岩波現代文庫 1058円
- 『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』 高山文彦著 講談社文庫 799円
わたしたちは他者に心をよせることはできても、その人自身に成り代わることはできない。そうした現実を理解しながら、なおもそこに手を伸ばす骨太の3冊。(1)は障害者プロレス団体「ドッグレッグス」の誕生秘話を綴(つづ)るノンフィクション。障害者同士、時には障害者と健常者がリングの上で殴り合う光景には、安易な共感は拒否され、読むものはことばを失ってしまう。目のまえの現実に対し「あなたはどう思うのか」と自分を問われている気になるのだ。「障害者」を一括(ひとくく)りにする社会、恋愛や結婚など健常者のあたりまえがそうではないというストレス……。リングでの格闘は、そうした彼らの辛(つら)い現実を一時解消し、生きる実感を回復させる。それを描く筆致は爽快であり、肉体を通じて、胸の奥に響いてくる。
(2)は北米に住む黒人女性を訪ね、彼女たちの語るまま、そのライフヒストリーを聞きとった記録。「塩を食う」とは、「塩にたとえられるべき辛苦を経験」しながらも、「塩を食べて傷を癒やす」こと。黒人として女性として、いわれのない差別を受けながら、彼女たちはいかに自らの生を癒やし、その尊厳を手放さずに生きてきたのか。「語り手の人生を、どこまで引き受けられるのか」という著者の逡巡(しゅんじゅん)は、わたしたちが人と出会う際の問いと重なる。語りの描写は主(あるじ)の息づかいを残すように活写されるが、それにより読むものも、思わぬ場所へと連れていかれる。
(3)2013年10月、天皇皇后と水俣病患者との対話が実現したが、そこに至るには皇后美智子と石牟礼道子という、「ふたりのみちこ」のおもいがあった。奇跡的な瞬間であっても、あとで考えれば「それは必然だった」と思えるときがある。多くの水俣病患者や、心ならずも亡くなった人たちの声なき声により、状況は〈静かに〉導かれていったのではないか。遠い場所にあっても、同じ願いを持つ、強い魂は共鳴し合う。二つの人生に思いをはせる、重層的なノンフィクション。=朝日新聞2018年12月22日掲載