普段乗っていた「伊豆急行」が絵本作りのきっかけに
――「これ なーんだ?」「せんろだよ」。6人の小さな子どもたちが枕木とレールを敷き、広い野原に線路を作り出す。かわいらしいタッチのイラストだが、その鉄道工事の様子は意外にリアルだ。「やまが あった/どうする?」「かわが あった/どうする?」「みちが あった/どうする?」。山にトンネルを作り、川に鉄橋をかけ、道路に踏み切りを置き……次々と起こる問題を子どもたちだけで考え、解決しながら、ひたすら線路を長く長くつなげてゆく――。乗り物好きの子どもたちの心をつかんで離さない絵本『せんろはつづく』(金の星社/文・竹下文子)はどのようにして生まれ、人気シリーズとなったのか。
伊豆の山奥に自宅とアトリエがあり、上京するときは「伊豆急行」をよく使っているんです。伊豆急はトンネルがたくさんあって、鉄橋があって、海沿いを走って……乗っていて楽しいんですよ。僕も電車が大好きなんで、最初は「伊豆急がどのようにできたのか」っていう実話の絵本(『ぼくの町に電車がきた』岩崎書店)を描こうと思ったんですね。
ところが、工事現場の絵ばっかりになっちゃって(笑)。なかなかうまくいかなくてうちの奥さん(童話作家の竹下文子さん)に相談したら、「現実の鉄道工事からちょっと離れて、子どもたちが自分たちでどんどん線路を作って電車を走らせるお話っていうのも面白いかもよ?」って、ストーリーを考えてくれたんです。
おかげさまでこの1作目が好評で、2009年には2作目の『せんろはつづく まだつづく』、2011年に3作目の『せんろはつづく どこまでつづく』を続編として出しました。2作目は険しい崖や谷が出てきたりして1作目の線路の工事をスケールアップ、3作目ではガラリと雰囲気を変えて新幹線や貨物列車、ディーゼル機関車、寝台車など「いろんな車両をつなげる」というテーマに発展させたんです。3作目については、文章も僕が担当しました。
お母さんたちも楽しめる「乗り物絵本」を作りたい
――「せんろはつづく」シリーズのほかにも、「ピン・ポン・バス」シリーズ(偕成社)や「すすめ! きゅうじょたい」シリーズ(金の星社)などで、パートナーの竹下文子さんとタッグを組み、たくさんの「乗り物絵本」を手がけてきた。乗り物が大好きな子どもはもちろんのこと、起伏に富むストーリー展開と柔らかなタッチの絵は、読み聞かせをする親たちからも人気が高い。
僕には息子が1人いるんですけど、男の子ってどうしてあんなに小さいころから乗り物が好きなのかというと「遠くに行ってみたい」とか「テリトリーを拡げたい」とか何か本能的なものがあるんだと思うのです。その“ツール”としての乗り物が好きなんでしょうね、きっと。
わが家は山の上にあり、家から下にある県道がよく見えるんですよ。小さいころの息子は「あ、バスだ!」「あ、クレーン車だ!」っていろんな車を見つけてはひたすら喜んでいる。うちの奥さんはそれを見て「なんでこんなに車が好きなのかな」って不思議に思っていたみたいですね。子どもと一緒に「あのクレーン車は向こうの山道を曲がってどこに行くんだろうね」とか「あ、ひょっとしたら動物園でケガした象さんを吊り上げているかもしれない」とか話していて、そんなやり取りから『クレーン・クレーン』(偕成社)が生まれたりしました。
カタログみたいな「乗り物図鑑」を何度も「読んで読んで」って子どもにねだられるのって、お母さんは割とつらいじゃないですか(笑)。うちの奥さんもそう。だからこそ、こういう絵本が作れたと思うんです。ストーリーが面白ければ、乗り物やメカ自体にさほど興味がなくてもお母さんが楽しめる。子どももそんなお母さんの気持ちを感じ取ってうれしくなると思うんですよね。
電車だけでなく、救急車、パトカー、ゴミ収集車などの「乗り物絵本」を作るときは、「この乗り物はなんのために存在しているのか」というのを突き詰めてから作ります。ただ単に子どもが好きだから乗り物を出すのではなくて、乗り物は人の暮らしのための大事な道具なんだよということ。人の暮らしや多様な生き方を伝えたいですね。
「鳥の巣」も「絵本」も小さな命を育てるためにある
――絵本作家として活躍する一方で、「鳥の巣研究家」としての顔も持つ鈴木さん。伊豆への転居をきっかけに「鳥の巣」の魅力に取り憑かれ、収集を始めて独学で研究も。鳥の巣に関する著書を多数手がけ、全国で鳥の巣の展覧会やワークショップも行っている。
伊豆に住み始めて30年以上たちますが、山の中で偶然鳥の巣を見つけて、なんだかすごく惹きつけられて……。今は1000個以上集あるかな、もう足の踏み場もないくらい(笑)。鳥類学者でもいろんな鳥さんの「巣」を研究している方ってほとんどいないんですよ。僕はどうやってこんな形の巣を作るのか、なんてカワイイんだろう、とか「造形」として興味を持っているので、学者さんとはアプローチがまったく違うんですよね。鳥の研究者よりもモノ作りをしている人のほうが、巣を見て「面白い!」と感じる人が多いです。
なんでこんなに鳥の巣が好きなのか考えていて、思いついたことがあるんです。鳥の巣は、小さな雛が無事に巣立つまで安全に育てるためのもの。絵本だって、子どもたちの心を育てるためにある。「ああ、僕が絵を描くのも鳥さんが巣を作るのも、目的はおんなじだ」ってあるとき気づきました。形は全然違うけれども、「小さい命を育てるため」に物を作っているという意味では同じなんですよね。
――最新作は水の性質や働きについて説く科学絵本『みずとはなんじゃ?』(小峰書店)。2018年に92歳で亡くなった絵本作家、かこさとしさんが途中まで制作していた絵本を引き継いで完成させ、昨年11月に出版した。
絵本の制作途中にかこさとし先生の視力が悪くなり、ご自分では絵を描き進められなくなってしまわれて。2018年の3月ごろ、編集者から連絡を受けてすぐにお会いすることになったんです。先生に「頼みますよ」と言われて、下絵を元に急ピッチで絵の制作を進めました。その後も僕が描いた絵をチェックしていただいたり、やり取りを続けました。本当なら、絵本の完成も見ていただきたかった。
昔、僕が出した鳥の巣の本をかこ先生にお贈りして、「とてもよくできています」というお手紙をもらったことがあります。かこ先生は科学的で、僕はちょっと“図画工作的”なんですけどね(笑)。絵本という形を通して「子どもにも分かるようにものごとの本質を伝える」という視点は、かこ先生と重なるところがあるのかなと思っています。