今年は正月から、ひどく温かい気分で日々を過ごしている。二十代半ばから着続けていたハーフコートから、新しいコートへの乗り換えを断行したからだ。
古いコートとの付き合いは、約十五年。その間に裏生地は幾度も直し、ボタンも二度、付け替えてもらった。肩はカバンですり切れ、生地が露(あら)わの部分もあったが、その分、愛着も深く、「そろそろ新しいコートを買わなきゃ」と思ってもなかなか踏み出せなかった。そんな私が今年、買い替えを実施できたのはひとえに、某オークションサイトで同じ品を新品同然で見つけたからこそ。そう、新コートとは実は以前のコートと同じ商品なのだ。
新旧のコートを比べると、「こんなところに飾り紐(ひも)が」「そういえばベルトってあったんだ」と幾つかの発見があったが、何より興味深かったのは重量だ。計測したところ、ボタンや裏生地の違いを差し引いても、旧コートは新コートに比べ約四十グラム軽かった。私と共に過ごした十五年間で、四十グラム。それだけ身を削ってくれていたのかと思うと、改めて愛(いと)しさがこみ上げてきた。
それにしても今回のコートを前回同様に着続ければ、次の買い替えは五十代半ば。その際はさすがに別の品を買うだろうが、それもまた同じ年数だけ着れば、次は七十歳。私が生涯に買うべきコートは多くともあと三着という計算になる。
ふむ。そう考えると、人が生涯で必要な服は案外多くないわけだ。だが、自分の生涯の先が見えたようで、少々つまらなさすら感じていた矢先、義妹の結婚が決まり、私も式に参列することとなった。既婚となって初めての親族の結婚式だけに、着て行くものは初の黒留袖(くろとめそで)。おお、この年齢でまだ「初めて」のことがあり、「生涯に着る服」が増えるとは。人生は徐々に残り時間が減っていく一方で、確実に増えるものもあるわけだ。そう思うと年を重ねるのも悪くない、と考え直しながら、私はまだ四十グラム軽い旧コートを捨てるにしのびず、クローゼットの奥に隠し続けている。=朝日新聞2019年1月21日掲載
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