福永信が薦める文庫この新刊!
- 『芸術闘争論』 村上隆著 幻冬舎文庫 648円
- 『濱谷浩』 濱谷浩著 MUJIブックス 540円
- 『禅とは何か それは達磨から始まった』(上・下) 水上勉著 中公文庫 1037円
都内で発見されたネズミの絵がニュースになっていたが、都によってわざわざ「保管」されたのは高額で取引される現代アーティストの作品の可能性があるからだろう。なぜアートはかくも「高額」なのか。そう思った人も多いのでは? そんな読者におすすめなのが(1)。著者は海外でも人気のアーティストだが、西洋中心のアートマーケットで長年闘ってきた。その彼が口を酸っぱくして指摘するのは、ルールに対する日本人の無頓着である。芸術の自由という「神話」を頑(かたくな)に信じていると嘆く。そんなでは日本からの発信などありえない。著者は本書で、アート界の現状分析、鑑賞法、制作プロセス公開、プロになるための方法を伝授。精神論を排し、怠惰と欺瞞(ぎまん)を嫌悪する。西洋の敷くルールを徹底的に攻略することでむしろ「自由」の正体が見えると説く。アートの力を信じる男のアツい記録でもある。
(2)毎回1人の表現者を取り上げる「人と物」シリーズ。何にもない表紙でわかりにくいが、濱谷浩は世界的に評価の高い写真家。代表的な4冊の写真集からの抜粋を中心に、写真人生の回顧、自ら設計した自邸の紹介、大事にしてきたグッズも口絵に並ぶ。日本列島の厳しい自然、そこで営まれる人々の生活を撮り続けた。子供目線のノスタルジックな世界へ紛れ込んだかと思えば、エヴェレストではヘリのドアを開けて決死の空撮をする、自在な視点も魅力。写真をめぐる言葉と、写真をめくる面白さを味わえる貴重な文庫。
(3)中国を源流に、日本へ伝わった禅の系譜を丹念にたどる。著者は禅寺の小僧だったが、そこからドロップアウトした。それはむしろ禅への旅の始まりだった。人気作家になってからも一休や良寛の評伝を書き、ゆかりの場所を歩きまくった。本書で著者のテンションが明らかに高くなっているところがある。それは常識を持った人々なら眉をひそめるようなことを平気で言ったりやったりする、体制からドロップアウトした禅僧を書く時だ。自分の姿を見たのかも。著者だから書けた労作。生誕百年。=朝日新聞2019年2月2日掲載