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「稲中」みたいな中学時代、楽しいことは自分たちで作った  越生のラッパー・SUSHIBOYSのルーツになった3冊 

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

子供の頃からネットの短いコンテンツで育ってきた

 越生。えっせい、ではなく「おごせ」と読む。雄大な秩父山系の東側に位置するこの町は、航空自衛隊の基地がある入間郡に属している。人口は約1万1千人。越生線越生駅を降りて最初に目に入ってくるのは、潰れたパチンコ屋のボロボロになった看板。そして自動化されてない改札を抜けると、こぢんまりとしたロータリーでSUSHIBOYSのファームハウスとサンテナが待っていた。およそヒップホップとは縁遠い町。彼らとともに小さな軽自動車で、最寄りのファミレスまで移動して取材を行った。

SUSHIBOYS - Shopping Cart Racer 【Official Music Video】(字幕)

サンテナ「越生はとにかく空気が綺麗。夜はめっちゃ星が見えます」

ファームハウス「副都心線が東武東上線に繋がってからは、渋谷や池袋も乗り換え1回くらいで行けるんですよ。だから都会コンプレックスとかは全然ないです。仮に俺らが都会に住んでたとしても音楽しかやってないと思う。そうなると気軽に大きい音を出せる越生のほうが良いんですよね。でも中高時代の友達は、仕事がないからみんなどこかに行っちゃいました」

 確かに、越生ではコンビニすら見かけなかった。しかしファームハウスは「不便だと思ったことは一度もない」と言う。遠いなら車やスクーターで行けば良い。逆に数百メートルごとにコンビニが密集している環境が異常なのかもしれない。そんなことに気づかせてくれたSUSHIBOYSはどんな本を読んでいるのだろうか。

サンテナ「母が読書家だったので、自宅でいろんな本を読みました。でも集中力がないせいか、長いのは読めないんです。だから小説もマンガも短編が良いんですよね。子供の頃によく読んだのは手塚治虫の『ブラック・ジャック』。一話完結が多いからすごく読みやすかったし、単純に話自体が面白かった。僕は何かに影響を受けることはあまりないんですが、自分の意思を突き通すブラックジャックの姿勢はすごく共感してます」

ファームハウス「サンテナは天才タイプなんですよ。小学生の頃なんて全然勉強してないのに、超成績良かったし。でも瞬間のノリだけで生きてるというか。すごく直感的な人間で、とにかく欲望に忠実。何かしたいと思ったらまっしぐらに突き進むタイプなんです。『意志を突き通す』という意味では間違ってないけど、ブラックジャックのように譲らない信念があるわけではないです(笑)。

 俺はそもそも本もマンガも全然読まないけど、サンテナに教えてもらった手塚治虫の『時計仕掛けのりんご』は面白かった。長野県の山奥にある架空の町を舞台にした、ものすごく変な短編マンガです。その町で、ある日突然テレビが見れなくなっちゃうんですよ。ラジオも聞けない。でも新聞だけは届く。しかもなぜか朝日だけ(笑)。会社には町の外に住んでる人たちが出社してこなくなった。不審に思った主人公がいろいろ調べてみたら、どうやら町が隔離されて変な実験が行われていたことがわかるんです。これは完全なるフィクションですけど、現代だとネット環境でこういうことを感じることがあって。例えば、越生みたいなところに住んでると、SNSや携帯が一時的に使えなくなると、このマンガの影響で自分が世界から断絶されたような気持ちになるんです。『もしかしたら何かの実験なんじゃないか?』とか(笑)」

サンテナ「ちなみに『時計仕掛けのりんご』も母が持ってました。でも『火の鳥』とかは持ってなかったから、読んだことはないです」

 『時計仕掛けのりんご』は1970年に発表された手塚治虫の短編。音楽制作以外の時間は携帯を見ていることが多いというファームハウスにとって、この地方都市を舞台にしたディストピアストーリーは妙な読後感を残したという。また2人は自身の読書傾向をネットコンテンツの普及という視点から、次のように解説した。

ファームハウス「最近は音楽も1曲の時間が短くなってきてるし、YouTubeでもあまり長い動画は見ない。Twitterも短文だし、ネットニュースも短くて簡単なものが読まれてる。俺らは子供の頃からそういうコンテンツで育ってきたから、長編を読めないのかもしれない」

バイブルはシュールなギャグマンガ「行け!稲中卓球部」

 「羊TRAP feat. 羊」「ゲートボーラー」「ママチャリ」……。これらの曲のテーマはそれぞれタイトルに由来する。つまり、羊、ゲートボール、ママチャリだ。このヒップホップの常識からは遠く離れたトピックをチョイスするのもSUSHIBOYSの魅力のひとつ。絶妙な目の付け所のセンスは、次に紹介してくれた傑作ギャグマンガにも通じるところだ。

サンテナ「『行け!稲中卓球部』ですね。きっかけはアニメ版。母は映画とかも好きなので、いろんなDVDを借りてきてたんです。そしたらある日、映画の中にアニメ版の『稲中』が混じってたんですよ。僕は当時全然知らなかったけど、『あっ、アニメなら見てみてようかな』くらいの軽いノリで見てみたんです。そしたら……」

 『行け!稲中卓球部』は、とある中学校の卓球部を舞台にしたギャグマンガ。思春期男子の性的な懊悩や青春の暴走を、強烈なキャラクターを持った主要人物たちの群像劇として描いた。連載当初は下ネタ中心の楽しい作風だったが、徐々に社会や人間をシニカルな視点から描くようになる。著者の古谷実は、のちに発表する『僕といっしょ』『ヒミズ』『シガテラ』などでこの感覚をさらに拡大させていく。また、本作は「ダウンタウンのごっつええ感じ」とともに、時代の笑いの感覚を象徴していた。

サンテナ「『稲中』はめちゃめちゃ面白いんだけど、とにかくシュールなんです。僕のバイブルと言っても過言じゃない。アニメをきっかけに原作を読んでみたら、さらにヤバくて。でも、年代的には全然リアルタイムじゃないので、周りは誰も知らないんですよ。こんな面白いマンガを密かに読んでる優越感はかなりありましたね(笑)」

ファームハウス「俺らも中学生の頃は本当にバカなことばっかりやってましたね。当時、俺らの周りで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が流行ったんですよ。それで俺らも、あのタイムスリップして突然現れるのをやりたくなって。休み時間から授業の終わりにタイムスリップしちゃう、みたいな。そこで俺らは、教室の掃除用具を入れるロッカーを使うことを思いついたんです。休み時間にサンテナがロッカーの中に隠れて、授業中もずっと中にいる。先生には『サンテナくんは保険室に行きました』って嘘をつくんです。で、授業が終わる頃になって、サンテナが休み時間からタイムスリップした体で出てくる、みたいな。あれ、相当シュールだったと思う。クラスメイトも2〜3人の仲間以外は呆れてたし。人気者がやったら違う反応だったのかもしれないけど、俺らはそういうんじゃなかったからね(笑)」

サンテナ「でも楽しかったよな、あれ」

ファームハウス「最高だったね。俺ら、金もないし、モテないし、マジで稲中みたいな感じだったから、自分たちで楽しいことを作るしかなかったんですよ。子供の頃から、サンテナとはずっとそういうノリで遊んでましたね。越生からチャリで湘南の海とか、群馬の温泉に行くとか。湘南に関しては1日で行けたけど、川越の段階で無言になってましたね(笑)。群馬は山を越えなきゃ行けなかったから、マジで大変だった。」

Farmhouse - ママチャリ 【Official Music Video】

 突拍子もないアイデアを極端に真剣に取り組む。彼らの選書からはそんなヒップホップらしい共通点が感じられた。そんなSUSHIBOYSだが、昨年はメンバーのエビデンスが脱退するという大きな出来事も経験した。グループにどんな影響があったか尋ねると……。

サンテナ「2人になったことで、SUSHIBOYSの世界観はより濃くなっていくと思います。今までは1つのトピックを3人がそれぞれ別の視点から歌っていたりしたけど、今作ってる曲では2人で1つのストーリーを歌ってたりしてますし」

ファームハウス「俺らは小学生の頃から遊んでるから感覚が完全に同じなんですよ。そういう意味では今までよりもさらに濃密な世界観を作れてると思います。いま新曲のPVを作ってます。もう撮影は済ませたんですが、俺はハッスルしすぎて肩を脱臼しちゃいました。そういうバイブスでやってるんで、新しいSUSHIBOYSを楽しみにしててください」