先日、NHK大阪ホールで開催された第二十三回菜の花忌シンポジウムにパネリストとして登壇させていただいた。菜の花忌――とは、小説家・司馬遼太郎の命日である二月十二日を指し、毎年この日の前後には司馬遼太郎記念財団によるシンポジウムや講演会とともに、その功績を記念して創設された司馬遼太郎賞の贈賞式が行われるのだ。
同じパネリストである安部龍太郎先生、磯田道史先生、佐藤優先生と共に壇上でお話をしながら、私は時折、会場の向かって右手前、八、九列目あたりに目をやることを止められなかった。なんとなれば二年前、同じホールで開催された第二十一回菜の花忌シンポジウムの際は、私自身がその辺りに座っていたからだ。あの折は親しくさせていただいた歴史小説家・葉室麟さんが司馬遼太郎賞を受賞されるとともにパネリストとして登壇され、私は仲良しの朝井まかてさんと共にお祝いにかけつけた。受賞の辞を述べ、その後のシンポジウムで熱弁を揮(ふる)う葉室さんを確かあの辺りから眺めていた、と私は壇上で考えていたのだ。
葉室さんは、シンポジウムから約十か月後に急逝された。そして葉室さんの周囲にいた仲間たちはみな、いまだその生と死を強く胸に刻み付けたまま、それぞれの日々を送っている。
今年の司馬遼太郎賞受賞者は、朝井まかてさん。あの日駆けつけた二人が今回、それぞれ葉室さんの功績を分かち合うように登壇したのは、何の偶然だろうか。
人は生きていく中で、記憶をゆるやかに降り積もらせる。今回の菜の花忌は、二年前の菜の花忌の記憶に新たな思い出を重ねた。いずれ時が経てば、葉室さんの思い出は多くの記憶とともに古び、哀(かな)しみも薄らぐのだろう。だが少なくとも今はまだ事あるごとに、記憶の堆積(たいせき)に逆らって、亡き人の思い出がにょっきりと顔を出す。どうやら私は葉室さんとお別れしたあの日で足踏みを続けているらしい、と思い知りながら、私は菜の花が告げる春の足音に戸惑っている。=朝日新聞2019年2月25日掲載
編集部一押し!
-
一穂ミチの日々漫画 トマトスープ「奸臣スムバト」 異国の世界観にどっぷり浸れる唯一無二の画風 (第11回) 一穂ミチ
-
-
人気漫画家インタビュー 「スキップとローファー」高松美咲さんインタビュー 原点は司馬遼太郎作品 メッキが剥がれた先にある人間関係を深く描く 加治佐志津
-
-
売れてる本 若林正恭「青天」 気持ち良さもたらす心意気 早見和真
-
インタビュー 「すしを極める」すし作家・岡田大介さんインタビュー 釣った魚の握りずしから郷土寿司まで、“本当に旨い食べ方”は? 江澤香織
-
わたしの大切な本 映画監督・山中瑶子さんの大切な本 「未熟は普通」絶望から開けた道 堀越理菜
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
インタビュー 江國香織さん「外の世界の話を聞かせて」インタビュー 頭の風通し良く、気持ちさっぱり自由になって PR by 集英社
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版
-
インタビュー 湊かなえさん「暁星」インタビュー 作家として「言葉」に向き合い、新たな扉開いた PR by 双葉社