寒がりのくせに雪景色好きで、この時期は「降らないかなあ」が口癖となっている。それが年に一、二度しか積雪のない京都市民のわがままと自覚しているし、豪雪地域出身の先輩には「雪は怖いものなんだ」と叱られたこともある。ただ雪に馴染(なじ)みのない土地の生まれ育ちだからこそ、何もかもを覆い尽くすまばゆい白さにはやはり強い憧れがある。
今冬、わたしの生活圏は例年以上に雪が降らず、各地に豪雪をもたらした二月半ばの寒波で、やっと数センチ積雪した程度だった。それも翌朝は陽(ひ)が強かったため、夜型のわたしがのそのそ起き出してきたときには、ほぼ消えていた。念のため仕事場にはブーツ履き・徒歩で向かったが、自転車で大丈夫な状態だった。
だが翌日以降、関東の仕事先からのメールにはそろって、「雪は大変でしょう」「ずいぶん降ったそうですね」との文言があった。はて?と思ってお尋ねすれば、最強寒波到来を告げる報道の中で、雪に美しく染まった金閣寺が映っていたという。
京都屈指の観光地・金閣寺は、この街のシンボル的存在。確かにあの朝、金閣寺にも雪は積もっただろう。わたしも眠りの床の中で、金閣寺空撮に向かうヘリコプターの音をかすかに聞いた。その雪は市内の他地域同様、ほんの半日で大半が消えてしまったはずだが、もっとも美しい一瞬を切り取った映像だけでは、後の顛末(てんまつ)は分からない。かくして京都=雪の中という印象が、離れた地域の方々に刻み込まれたわけだ。
インパクトのある情報は、後の責任を取らない。それが継続中か、一瞬だけかは、自分で調べねば分からない。きっとわたしの中にも、ある時に驚きをもって受け止め、その後、未更新のままで抱え込み続けている情報がいくつもあるのだろう。問題はそれがどの情報か、自分では気付きづらいことだが、どんな雪も時間が経てば少しずつ消えていくのだ。ならばわたしもゆるやかにでも、己の中に固まっているものを溶かしていかねばと思った。=朝日新聞2025年02月26日掲載
