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「鬼子の歌」 不遇な楽曲の真価 名調子で語る

評者: 佐伯一麦 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月02日
鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史 著者:片山杜秀 出版社:講談社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784065143216
発売⽇: 2019/01/23
サイズ: 20cm/542p

政治思想史家にして音楽評論家である著者が「クラシック音楽」で読む、日本の近現代100年。山田耕筰、伊福部昭、黛敏郎、三善晃らの名曲を辿りながら、この国の歩みに迫る。『群像…

鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史 [著]片山杜秀

 幅広い好奇心と博覧強記でなる著者にしか著せない本であろう。クラシック愛好者、文学の読者、近現代史研究者はもとより、アニメや邦画ファンまでもが興味を抱かされる独自の観点から、14名の日本人クラシック作曲家たちの名曲にまつわる論考が収められた大著だが一気に読ませる。日本の近現代の作曲家たちが、同時代の小説家、詩人や画家と比べると、世間での扱われ方がずいぶんと小さく、その創作も厚遇されて来なかったことから、題名に「鬼子(おにご)」と付けられた。
 まず、第一章の三善晃では、冒頭で1979年にテレビ・アニメになった「赤毛のアン」のオープニングとエンディングの主題歌が、5ページにもわたって楽曲分析(アナリーゼ)されて、意表を突かれる。「ですます調」で畳み掛ける文章は、著者がFM番組でクラシック音楽について立て板に水といった口調で自在に話しているときよりも、さらに語りの振幅、スピード感を増して、こちらの脳内に声が浮かび上がる。そして、歌とオーケストラの掛け合いによる「赤毛のアン」の主題歌から、その音楽の特徴が恐ろしいまでの高揚感をもたらす「魔術的なすし詰め」であることに着眼し、支倉常長を主人公としたオペラの大作「遠い帆」へとつながっていくことを、三善の歩みを踏まえながら詳述していく運びにはつくづく感心させられた。
 厖大な歌曲で名をなし、日本のシューベルトと称される山田耕筰の面目が、じつはスクリャービンの影響を受け〈神秘和音の持続で表現される停止した時間の中での永遠の恍惚境への憧れ〉の美学を追求したオペラ「黒船」にあったことや、東宝の特撮映画「マタンゴ」の音楽を担当した別宮貞雄の狂言的なレチタティーヴォの部分を持つ歌劇「有間皇子」が、真価を認められずにいることなど、元来表現者は身の裡に、世間の評価とは相容れない鬼子を胎んでいるものだ、という思いにも誘われた。
    ◇
 かたやま・もりひで 1963年生まれ。音楽評論家、政治思想史研究者。著書に『クラシックの核心』など。