『くらもち花伝』は欲ばりな本⁉
――『くらもち花伝 メガネさんのひとりごと』、名作のエピソードがたっぷりでファンとして嬉しいのはもちろん、創作術としても読みごたえがありました。
ありがとうございます。文字の本は初めてで手探り状態だったので、それを聞いてほっとしました。この本は、話下手の私のおしゃべりをライターの花田身知子さんがまとめてくださったものです。最初は質問に答えるだけの単純作業だったんですけれども、ある程度材料が揃ってからが大変でした。構成はもちろん、マンガ描きなので語尾などの細かい部分も気になって、数えきれないほど原稿のやりとりを重ねました。
――少女マンガに大切なときめきを語った第1章「ときめきの泉」、デビューからの道のりを振り返った第2章「まわり道のまんが道」、創作術を明かす第3章「言葉で語らず、心を残すまんが術」、そして発表順にご自身が一作ずつコメントされた第4章「くらもちふさこ作品解説」。見事な構成でした。
私はつい遊び心が騒ぐんですよ。「硬い文章が並ぶよりも、つまらないネタばっかり集めたほうがいい」とか変なことばっかり言い出すんです(笑)。思いついたことをポンポン言ったら花田さんが面白いと思ったものをチョイスしてくださるだろうと思っていたら彼女は全部盛り込もうとしてくれて、二人して方向を見失ったことも。申し訳ないことをしてしまいました。でもその欲ばり感は、この本に出てくれたかなと思っています。
――タイトル通り世阿弥の『風姿花伝』を思わせるマンガ創作の秘密にも迫っています。
実は『くらもち花伝』というタイトルの花は、自作の『花に染む』のイメージもありつつ、私の中では花田さんの花でもあります。この本が出来たのは彼女の力によるものが大きいので敬意を表したくって。照れるので、本づくりが終わった今初めてお話ししました(笑)。
――冒頭から言葉ではなくマンガだから描けることがあると繰り返し仰っているのも印象的でした。今、あえて言葉にしようと思われたことには何かきっかけがありましたか。
若い頃からメモることが苦手だったのですが、いつまでも覚えていられたので、それをマンガにするのが得意中の得意だったんです。全部頭の中にしまっておいて、制作する時に自由に引き出して描いていました。それがある時期から記憶力の衰えを感じるようになって。そんな時に依頼をいただいたので、思い出を書き留めておくことが今の私には必要かもしれないと流れに乗ることにしました。
「日常をひとひねり」する描き方を大切に
――デビューは17歳。少女マンガ家の10代デビューは少なくありませんが、くらもちさんも高校時代から美内すずえ先生のもとでアシスタントをされ、プロとして描き始めていらっしゃり早熟ですよね。その頃を振り返ってみていかがでしたか。
うーん。私自身は周りと比べて自分は幼いと思っていましたね。当時同年代で同じようにマンガの道を志す方々が、中学の同級生だった柿崎普美さんはじめ、周りにたくさんいました。みなさん本当に早熟で、今の私から見ても難しい本をたくさん読んでいる方ばかり。聞いたこともない本のタイトルが飛びかっている中で、ウンウンうなずきながらニコニコ聞いているだけの人間が私だったんです。
――そんな投稿時代に、ヘンリー・ジェイムズのホラー・サスペンス『ねじの回転』を読んで「日常にひとひねり」加える物語の作り方をひらめいたというエピソードも明かされています。この作り方は今も大切にされていますか。
はい、とても大事にしています。基本はみんなと同じでいいんです。でもひとひねりの部分は、必ず自分のテイストでなければいけないなって思うんですね。たとえばマネージャーと極秘結婚しているアイドルを描いた『アンコールが3回』という作品がありますが、最初のアイディアは『おくさまは18歳』のような他人にばれたら困る恋愛を描いてみたいということでした。これはマネですよね。でもそのベースラインさえできたら、後は自分のテイストで作るのが私の描き方です。
――『おしゃべり階段』や『いろはにこんぺいと』のような学園ものの場合はいかがでしたか。
『おしゃべり階段』は、背景の表現を発見した作品でした。当時の担当編集者に「絵で状況を説明することって大事だよ」と教えてもらったんです。キャラを描くことばかりに喜びを感じているような作家でしたので、この発見は大きかったですね。幼なじみ同士の恋を描いた『いろはにこんぺいと』ではアパートという集合体を描こうとしました。私は昔からひとつの集団を描くのが好きなんですが、きっかけは巴里夫先生の『5年ひばり組』を読んだことだったかもしれません。それこそクラス全員をひとりずつ描いてみたいと思ったこともありますね。私の作品には、実は集団を描いているマンガが結構あるんです。『天然コケッコー』もそうです。
――『kiss+πr2』も最初は「少女マンガなのに男の子が主人公⁉」と驚かされた作品です。
あの頃、女の子の気持ちを描きたいという思いがいつも溢れていて、ものすごい勢いで描いていました。そのうちにだんだん違う角度から物事を見たい気持ちがわいてきたんですね。男の子が主人公ならどうだろうと、最初は読み切りということで編集者にOKをもらいました。私自身、ものすごく興奮性で恥ずかしいくらい熱い部分と、みんなが騒いでいる中で「ふーん」と思っているようなクールな部分の両極端があるんですね。そのクールな方で描かせてもらった作品かなあと思います。
『いつもポケットにショパン』『東京のカサノバ』の頃
――では熱い部分で描かれたのが、ピアニストを志す幼なじみ二人を描いた名作『いつもポケットにショパン』でしょうか。代表作と言われるのには抵抗があると書かれていましたが……。
ああいう作品は熱い気持ちを持っていないと描けませんよね。妙な言い方なんですが、『いつもポケットにショパン』を描いている時は自分が作品を操るのではなく、作品に自分が操られているような感覚がありました。振り回されているなと感じるものですから、自信作とは言えなくて。でも読者の皆さんからは大きな反応をいただいたので、「いいのかな?」っていう申し訳なさがあるんですね。
――素晴らしい音楽が聞こえる大好きな作品です。音楽を描くのは大変ではありませんでしたか。
私としてはそれほど大変ではなかったんです。絵で表現することに関してはどんどんアイディアがわいて、自分なりの表現をやれるところまでやりました。こだわったのは音符を極力描かないということです。私だけの捉え方かもしれませんが、音符のようにその形があまりにも世間で浸透しているとギャグ化して見えるんですね。この本にくわしく書いてありますが、「キラキラ」は音の表現への一番の近道でしたね。
――男の子の魅力が全開の『東京のカサノバ』の執筆中からうつ病や自律神経失調症の症状に悩まされていたことも書かれています。年表を見るとこの頃はヒット作を毎年のように発表していらっしゃるんです。どれほど大変だったのかと。
でも、やっぱりそういう時期だったからこそなんでしょうね。全力投球でマンガを描いていたので。笑われてしまうかもしれないんですが、インターネットもない時代でうつ病の知識が全然なかったので、最初は自分に霊がのりうつったのかと思ったんです(笑)。本当に怖くて、誰にも言えなくって。
――怖いし、つらかったでしょうね。
でも同じ病気を克服された方がいらっしゃると励みになりました。「なんとかなるのかな?」「出口はあるのかもしれない」と。この本も少しでもそういう風にどなたかの役に立てたらうれしいです。励まし、励まされの世界ですよね。
生きているかぎり描きたいものが出てくる
――そんな時期を経て描かれた『天然コケッコー』は「描けば描くほど癒される、不思議な作品」だったとか。癒されると仰りながらも、『天然コケッコー』はまったく守りにはいっていなくて先鋭的な表現が多い作品です。
私は新しいアイディアのある展開や手法をすごく楽しめるほうなんですね。プロとしてはどうかと思うのですが、納得がいかない作品を発表してしまうとストレスが溜まってしまうので『天然コケッコー』ではギリギリまで話を練らせてもらいました。ウケないかもしれないけど、やりたいことをやらせてもらおうと。まあ早い話がちょっとわがままな描き方をさせてもらったんです。そんな私のわがまま癖を理解してくださる読者の方たちが優しい目で見てくださって徐々にキャラが浸透し、受け入れていただいた作品だと感じています。
――手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞された『花に染む』は美しい作品ですね。結末も新鮮に感じました。
1対1ではない関係があってもいいかな、と。私は連載開始時に結末を決めていることはほとんどないんです。美内すずえ先生や脚本家の橋田壽賀子さんもどこかで仰っていたのですが、思いついたものはどんどん描いたほうがいい、結局後になればその時に良いアイディアが浮かぶはずだからって。最初は怖かったんですが、実際描いてみると本当にそういうことが起きるんですよね。これはすごく大事な教えだと感じています。
――新しい作品のテーマはどうやって見つけていらっしゃるのですか。
やっぱり普通に生きて生活をしているかぎりは何かの拍子で描きたいと思うものがぱっと出てきますよね。でも中途半端に描いてみようかなあと思うくらいのレベルじゃダメです(笑)。
――今後描いてみたいキャラクターやストーリーのイメージはありますか。
うーん、今は何もないんですけど……。そうですね、またクールなものを描いてみたい気はしますね。椎名林檎さんがすごく好きなんです。映画『天然コケッコー』の脚本家・渡辺あやさんがNHKの朝ドラ『カーネーション』を書かれた時の主題歌が椎名林檎さん。そのご縁からライブを拝見するようになったのですが、椎名さんって私の中ですごくクールなイメージなんです。でも彼女が作りだすものには、とても熱いものがあるんですよ。そういうところが好きです。いつかそんなキャラを描けたらいいかなって思います。
――楽しみにしています。ありがとうございました。