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#08 亡き友の魂を注いだカクテル3種  吉村喜彦さん「二子玉川物語 バー・リバーサイド2」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
琉平が10オンスのコリンズグラスに、氷を数個。そこにチェリー・ヒーリング、生レモンジュースをメジャーカップで量って入れ、超辛口のトニックウォーターで満たし、一回だけステア。スライスレモンを飾って、空の目の前にすっと置いた。(中略)まずサクランボ風味の甘みに包まれ、ほのかにレモンの酸味がめばえ、そのあとトニックウォーターのほどよい苦みが舌のわきをキュッとしめつけてきた。時間の経過とともに甘酸苦の絶妙のバランスが生まれていた。 (『二子玉川物語 バー・リバーサイド2』より)

 お酒好きのみなさ~ん、お待たせしました! 今回は「食いしんぼん」初の飲み物編、お酒をテーマにした物語をご紹介します。しかも、話の舞台は私が未だその扉を開いたことのない大人の隠れ家(と、勝手に思っている)、Bar(バー)です。

 東京の二子玉川のほとりにある「バー・リバーサイド」には、マスターの川原とバーテンダーの琉平(りゅうへい)が作る一杯を求めて、毎晩様々なお客様がやってきます。カウンターに座って会話を楽しみながら味わう美酒と美味しい肴で、それぞれが抱える「心のちょっとした荷物」を置いていける、というお話です。大手アルコール飲料会社の宣伝部に勤務していた経験もあるほどお酒に詳しい著者の吉村喜彦さんに、お酒とバーの魅力を教えていただきました。

酒の苦味は通過儀礼 それを超えて一人前の大人になる

——作中に出てくるカクテルは、吉村さんご自身の経験から発想されるものなのでしょうか?

 基本はベーシックなカクテルを登場させていますが、例えば同じ「マティーニ」というカクテルでも、作る人によって、どのジンやベルモットを使うかで全く味が違ってくるので、そういうレシピには自分の好みを反映しています。作中に出てくる「ニコタマ・スリング」は、「シンガポール・スリング」というカクテルをベースに、僕が少々アレンジを加えて考えたレシピです。

——「空はさくら色」の章では、サクランボのリキュールなどを使った春らしいカクテルが出てきます。水難事故で亡くなった小学校時代の友人、さくらちゃんの遺志を継いで運転士を目指す空(そら)ちゃんに、マスターが作る3種のカクテルはどれも今の季節にぴったり♪ その他にも、初夏にはミントをたっぷり入れたモヒートなど、お酒でも季節を感じることが出来るんだなと思いました。

 僕はこのシリーズでは、どんなお酒をというよりも、春夏秋冬を考えるんですよ。この章ではまず季節を春に決め、主人公を「空(そら)」と「さくら」という女の子にしました。東急田園都市線で用賀駅から二子玉川駅に向かう途中、地下から地上に出るところがあるんですが、いつもそこで「ふっ」と一息つけるんです。あの感覚がすごく好きで「あそこから桜が見られたらいいな」と思っていたので、その場面をこの話の最後に持ってこようと思っていました。

 厳密にいえば桜とサクランボは違うんですが、「春といえば“さくら“やな」という感じで、桜の季節に飲みたくなるチェリーリキュールのカクテル、キルシュ(サクランボのブランデー)、それからベルギーに行ったときに飲んで美味しかったサクランボのビールを選びました。

 ウイスキーやブランデーのような蒸留酒は、ビールやワインなどの醸造酒を火にかけて蒸留してできます。英語ではスピリッツと言いますが、これはスピリット(たましい)から来ています。蒸留って「死と再生」なんです。醸造酒というかたちはなくなって、そのたましいが蒸留酒になる。再び生きかえって生まれたのが、蒸留酒。なので、亡くなった友人・さくらの魂も、空に出すカクテルに入れたかったんです。

——居酒屋に比べると、バーはひっそりと佇んでいて、扉の向こうにはどんな世界が待っているのだろう?と入るのに勇気がいるのですが、吉村さんをはじめ、バーに行く人は何に魅かれて訪れるのでしょうか?

 居酒屋と違って、バーにはカウンターがありますよね。僕はカウンターで勝負できないと一人前の大人じゃないって考えがすごくあるんです。この歳になって、やっと僕もカウンターに座っても緊張しなくなったけど、それは場数を踏まないと分かってこないことなんです。「アクワイアード・テイスト(後天的な味覚)」という言葉がありますが、酒の苦味って通過儀礼みたいなもので、それを超えないと大人の味わいにならない、経験を重ねないと分からない良さがあります。カウンターという場所も、そういうところだと思うんです。

 バーの何に魅かれるかは人それぞれですが、僕の場合はマスターの人柄ですね。カクテルの美味い不味いよりも、そこで誰とどういう会話をするかが一番大事だと思っています。やたらと話かけてくる人も嫌だし、まだグラスにお酒がちょっと残っている時に「次はいかがいたしましょう」と言われると、そこは自分で自由にしたいから「俺が頼みたいときに頼む」と心の中では思っているんです。そういうことが分かったうえで受け止めてくれて甘えさせてくれる。マスターというのは自分にとって父のような、兄貴みたいな存在です。

——ここまでバーの魅力を伺うと、行ってみるしかないですね! 私のようなバー初心者がお店に行くときに、心得ておいた方がいいことはありますか?

 マスターに「こういうのが飲みたいんです」って伝えて、あとはお任せすればいいんですよ。オリエンテーションと同じ。バーテンダーの方って一見シャイなようですが、実は話好きの人が多いんです。ほんとは、声をかけられるのを待っていたりするんですよ。

 親しくなってきたら「こんなレシピのカクテルを考えたんだけど、どうかな?」って持ちかけてみると、「それ、面白いじゃないですか」って喜んで作ってくれたりしますよ。本物のバーテンダーの方は「遊び」を知っているんです。以前僕が風邪をひきかけていた時、銀座のバーで「今日はちょっと喉がいがらっぽくて、寒気がするんだよね」とマスターに言ったら、ラム強めの「ホット・バタード・ラム」を作ってくれて、それを2杯飲んで体調が良くなりましたよ。だってお酒はお薬ですから(笑)。