1. HOME
  2. コラム
  3. 大好きだった
  4. まっすぐに「愛と希望」を描いた物語 阿部智里さんが幼少期に出会った映画「天使にラブ・ソングを…」

まっすぐに「愛と希望」を描いた物語 阿部智里さんが幼少期に出会った映画「天使にラブ・ソングを…」

 幼い頃、大好きなアニメ映画はたくさんあった。

 言わずと知れたジブリ作品に、アンパンマン、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ディズニー……。

 何が一番好きだったかを考え始めるときりがないのだが、それでも私が今回「大好きだった」映画として紹介したいのは、実写映画である「天使にラブ・ソングを…」だ。

 売れないクラブ歌手だったデロリスは、ある時うっかりマフィアによる殺人現場を目撃してしまう。身の危険を感じた彼女が正体を隠すことになったのは、チープで華やかな夜の世界とはほど遠い、厳格極まりない修道院だった――という、1992年にアメリカで制作されたコメディ映画である。

 このデロリス扮するシスター・マリー・クラレンスが、歌をきっかけにして廃れつつある修道院をどんどん改革していくのだが、これが何度見てもはちゃめちゃに面白い。

 お世辞にも上手とは言えない聖歌隊の指揮者となった主人公は、クラブ調に聖歌をアレンジして堅苦しい修道院長を激怒させてしまうのだが、どう考えても、主人公の指揮した聖歌の方が上手いし、もっと聴きたくなる魅力があるのだ。伝統的かつど下手だった聖歌隊が、邪道なのにすばらしい音楽によって、どんどん良いほうに変化していく過程には、無条件に人を感動させる力強さがある。

 この作品に出会って以来、私はクラス対抗の学校行事――運動会やマラソン大会、計算・漢字大会などよりも、ずっと合唱会のほうが好きになってしまった。

 だって歌には、運動神経や頭のよさは何ひとつ必要ないのだ!

 「天使にラブ・ソングを」において、一人一人はオンチだったり、声が大きすぎたり、逆に小さすぎたりした修道女達は、お互いの声を聞くことによって、徐々に美しいハーモニーを奏でるようになっていく。合唱で結果を残すためには、音楽を純粋に楽しむ心と、もっと上手くなりたいという情熱がありさえすればいいのだということを、私はこの映画を通して教えられた。普段、外で遊びまわってばかりのガキ大将も、実験の時にしか動きたがらないガリ勉くんも、おしゃれが大好きなおませさんも、ずっと図書館にいる文学少女も、お互いに協力して、楽しむことで人の心を動かすものが生まれるというのは、ほかのどんな学校行事よりもずっとずっとフェアで、愉快に感じられたものだった。

 この映画が私にとって特別なのは、音楽の素晴らしさに、最初に気付かせてくれた物語だからかもしれない。

 だが、この映画が「主人公が新しい歌の力で英雄的に旧態依然とした修道院を改革する」と言い表すのは、少し違うように思う。それまで自分勝手で贅沢好きだった彼女が修道院を変えようと思うのは、厳しくとも、確かな愛をもって修道女達を監督する院長や、純粋な思いやりを持った修道女達と接したからこそだ。そこにあるのは一方的な変化ではなく、相互作用であり、愛の伝播である。

 ぶっとんだ設定で、おもしろおかしい描き方をしつつも、異なる価値観をぶつけあい、お互いが影響を与え合って変わっていく過程には、違う主義・主張を持つ者同士であっても同じ未来に向かうことが出来るという希望が描かれている。主人公が危険に晒されるラストシーンにおいて、それまで対立していた院長先生が、マフィアに凜と立ち向かって言い放つ一言は圧巻である。

 陳腐な言い方かもしれないが、これはまっすぐに「愛と希望」を描いた物語であり、だからこそ、私が「大好きな」映画なのだ。