大矢博子が薦める文庫この新刊!
- 『落陽』 朝井まかて著 祥伝社文庫 778円
- 『葵の月』 梶よう子著 角川文庫 778円
- 『鯖猫長屋ふしぎ草紙』(六) 田牧大和著 PHP文芸文庫 821円
5週に1度、歴史・時代小説のオススメを紹介します。どうぞよろしく。
(1)明治天皇崩御直後、御霊(みたま)をまつる神宮を東京に造ろうという議論が起こる。だが予定地は神宮林の植生に適さない代々木の荒野だった……。150年後の完成を目指した「神宮の杜(もり)」計画を、記者の目を通して描く。明治から大正へと時代が変わったとき、明治を生きた者たちが何を考え、何を残そうとするか。改元を控えた今まさに読みたい一冊だ。話題の渋沢栄一の名も随所に登場する。
(2)10代将軍徳川家治の継嗣・家基を襲った突然の死。暗殺がささやかれる中、ひとりの武士が姿を消した。その一件を軸に身分も立場も違う7人の物語が紡がれる連作短編である。人情話あり政争あり、家族ものに捕物帳とバラエティー豊か。それぞれ単独でも読ませるが、物語が進むにつれ、次第に登場人物の裏の顔が暴かれていく展開が見事だ。通して読むと、現代にも通じる意外な真相が待っている。最後にわかるタイトルの意味にも注目。
(3)にぎやかな長屋で巻き起こる事件を、元盗賊の絵師と三毛猫サバが解決する人気シリーズの最新刊。今回は窮地に陥ったなじみの同心を救おうと一肌脱ぐ。美猫にして「俺様」猫のサバがとても魅力的。人間も生き生きして、読んでいてとても楽しい。だが楽しい中に時折のぞく、人の悲しみや弱さの描写。人はいろんなものを抱えながらも、前を向いて今日を生きているのだと伝わってくる。猫好きには特にお薦め。刊行順にどうぞ。=朝日新聞2019年4月20日掲載