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「非唯物論」書評 対象の活力に着目 自律性尊重

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2019年05月04日
非唯物論 オブジェクトと社会理論 著者:上野俊哉 出版社:河出書房新社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784309249018
発売⽇: 2019/03/18
サイズ: 20cm/202,8p

非唯物論 オブジェクトと社会理論 [著]グレアム・ハーマン

 私は社会学や哲学の徒ではない。にもかかわらず、この本を手に取ったのは、オブジェクト指向存在論とアクターネットワーク理論が、建築に関わる人々の間でも関心を集めるようになってきているからである。
 例えばアクターネットワーク理論が建築をエコロジーのなかのひとつのアクター(行為体)として捉える一方で、オブジェクト指向存在論は建築という対象(オブジェクト)に内在する活力に着目する。また、本書によれば、芸術作品や建築は、政治的な効果や個々の構成要素に還元できない、不可知性や自律性をもつ。オブジェクト指向存在論はアクターネットワーク理論の対立理論であるというよりは補完理論であると思えてくる。
 それは第2部のオランダ東インド会社のケーススタディーでより明確になる。東インド会社の総体も、クーン総督の意志やヴィジョンも、アジアを巡行する艦隊も等しく対象と呼び、各部分が自律性を持ち、それぞれの関係は相互的でも対称的でもないという。
 建築でいえば、まちおこしのプロジェクトなどで、人や物を等しく資源と呼ぶのを見かける。しかし、資源として括られたくない存在もあるとすれば、アクターネットワーク理論は抑圧的にもなりえる。それは対象の自律性を尊重するオブジェクト指向存在論によって救われるかもしれない。
 桜が咲けば、人々は宴を囲む。桜も人もアクターであるような風景が日本中に展開する。しかし人が見ていようがいまいが、桜は咲く。「草木国土悉皆(しっかい)成仏」のような仏教的世界観に親しんできた日本人にとって、人間も草木も等しくそこに存在し、共生の様態の中にあるという直観は受け入れやすい。解説で上野は「今まで見すごされてきた、日本で紡がれてきた言葉や生活そのものにひそむ『非人間的なもの』あるいは『モノの視線や感性』に光を向け」るプロジェクトが二つ進行中だと報告している。たいへん、楽しみである。
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 Graham Harman 1968年米国生まれ。哲学者。オブジェクト指向存在論を展開。著書に『四方対象』など。