堀部篤史が薦める文庫この新刊!
- 『内なる辺境/都市への回路』 安部公房著 中公文庫 1080円
- 『思い出の作家たち 谷崎・川端・三島・安部・司馬』 ドナルド・キーン著 松宮史朗訳 新潮文庫 464円
- 『追悼私記 完全版』 吉本隆明著 講談社文芸文庫 1944円
(1)はエッセイ集『内なる辺境』とインタビュー集『都市への回路』、2冊をまとめての文庫化。私性や地域性を排した都市的かつ前衛的作風で知られる作家が、自作だけでなく同時代の文学について語る後者では、理路整然とした語り口にも圧倒されるが、安部公房と対等に渡り合い多くの発言を引き出すインタビュアーの力量にも感心させられる。聞き手は取材当時先鋭的な海外文学作品を数多く紹介していた文芸誌「海」の元編集長、塙嘉彦。作風から垣間見えるカフカやシュルレアリスムからの影響だけでなく、同誌が積極的に紹介したガルシア・マルケスや、どちらかと言えばストレートな物語作家バーナード・マラマッドなど意外な作家への嗜好(しこう)もあらわにされている。
(2)はその安部公房作品を高く評価し、対談集も出版するなど親交が深かったドナルド・キーンによる戦中・戦後の日本文壇を代表する作家たちとの交遊録。安部公房がコロンビア大学のキーンの研究室を訪れた際の通訳がオノ・ヨーコだったことや、初対面で安部に麻薬常習者だと断定されたというエピソードなど、作家たちと間近で対話してきたからこその細部がいちいち面白い。そのキーン氏も今年2月に他界してしまったが、(3)は吉本隆明による作家、文化人たちへの追悼文をまとめた一冊。巻末に掲載された高橋源一郎による著者吉本への追悼文が感動的。逝去した著者が執筆した追悼文集という円環構造が本書の読後感を格別なものにしている。=朝日新聞2019年5月18日掲載