『怪と幽』vol.1(KADOKAWA)は、妖怪マガジン『怪』と怪談専門誌『幽』が合併して生まれた、「お化け好きに贈るエンターテインメント・マガジン」の創刊号だ。昨年、妖怪&怪談ファンに惜しまれつつ休刊した両誌が、こうした予想外の形で復活を遂げたことは、まことに喜ばしい。
雑誌の顔となる特集はふたつ。第1特集は創刊号にふさわしく「妖怪と怪談と」である。朱野帰子、宇佐美まこと、榎田ユウリ、内藤了と旬の作家が妖怪・怪談小説を競作しているほか、『怪』と『幽』にそれぞれ深く関わった京極夏彦・東雅夫の対談、『怪』のご意見番的な立場を務めていた荒俣宏のインタビューを掲載する。
第2特集は「巷説百物語Reboot!!」と題し、京極夏彦の時代小説「巷説百物語」シリーズの世界を、評論家の杉江松恋が詳しく紹介。これは同誌で連載がスタートした京極の『遠(とおくの)巷説百物語』のイントロダクション的意味合いが強い。
そのほかにも、有栖川有栖、小野不由美、近藤史恵、澤村伊智、恒川光太郎の短編小説、諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介のマンガなどを掲載。合併前から一騎当千の書き手を擁していた両誌だけに、エッセイや論考も充実。目次に並んだ名前のゴージャスさは比類がない。450ページ近い創刊号を手にした読者は、「世の中にはこんなにお化け好きがいたのか!」と驚かれるに違いない。
『怪』『幽』の両誌が長きにわたり(前者は約20年、後者は約15年)読者に支持されてきたのは、ひとえにその「真剣さ」によるところが大きかったように思う。たとえ扱う対象が大半の人にはどうでもいい「妖怪」や「幽霊」であっても、いやそんなものだからこそ本気で愛おしみ、情熱をもって語る姿勢。
新雑誌でもそうしたスタンスは保たれていたので、寄稿ライターの一人としてまずは安心。両誌から受け継いだDNAを武器に、お化け好きの梁山泊として存続してもらいたいものだ。
せっかくなので今月の時評では、妖怪と幽霊にまつわる本を紹介したい。
まずは妖怪から。京極夏彦『今昔百鬼拾遺 鬼』(講談社タイガ)は、著者がデビュー以来書き継いでいる妖怪ミステリ「百鬼夜行」シリーズから派生した、スピンオフ的新シリーズの第1弾。
昭和29年春、できたばかりの駒澤野球場付近で、女学生が日本刀で襲われ、命を落とすという悲惨な事件が発生した。被害者の片倉ハル子は生前、片倉家の女は刀で殺される運命にある、と怯えていたという。奇怪な辻斬り事件に、科学雑誌記者の中禅寺敦子と、ハル子の友人である呉美由紀が挑んでゆく。
著者にしては珍しくシンプルな構成のミステリだが、実在するはずのない「鬼の因縁」が敦子たちの眼前にまざまざと浮かんでくるくだりの怖さは出色。ラストで明かされる事件の真相も、文字どおり鬼気迫るものがあった。
続いて幽霊の本。『貞子』(角川ホラー文庫)は5月24日より全国公開された、同名のホラー映画のノベライズだ。貞子とは言うまでもなく、鈴木光司の小説『リング』および同作の映画版に登場する悲運の女性超能力者。最近では「世界が尊敬する日本人100」に選出されるなど、現代日本を代表するホラークイーンとしてますますその名を轟かせている。
本書では「映像を見た者に呪いが感染する」という『リング』以来のルールをあえてカット。児童虐待によって傷ついた者たちの魂と共鳴する、これまでにない貞子像を作りあげた。情念渦巻くドラマを背景に、あらゆるところに出現する(テレビ画面の力を借りず!)本書の貞子は、日本怪談界のスター・お岩やお菊を連想させる風格すら漂う。
ノベライズを手がけたのは、本格ホラーの書き手として活躍してきた実力派・牧野修。それゆえにツボを押さえた恐怖シーンが満載である。そのどこまでが映画通りなのか、劇場で確かめるのが楽しみだ。
スケラッコ『平太郎に怖いものはない』前・後編(リイド社)は、江戸時代、備後国三次で実際に起こったとされる妖怪遭遇譚(通称「稲生物怪録」)を、現代の広島県を舞台にコミカライズした作品である。
主人公の稲生平太郎は、お好み焼き店を一人で営む少年。ある時から彼の周囲で、奇妙な出来事が起こるようになった。生首の女が現れ、洗濯物が飛び回り、お好み焼きが鉄板から逃げ出す。親戚や友人は怯えるばかりだが、平太郎は決して怖がらない。あの手この手で怖がらせようとする妖怪たちと、平太郎との不思議な夏が過ぎてゆく。
彼がお化けを怖がらないのは、両親を早くに亡くし、埋めることのできない孤独や喪失感があるからだ。本作はあくまでユーモラスかつ軽妙に、そんな平太郎の心の恢復をも描く。泉鏡花や稲垣足穂など、名だたる作家陣に書き継がれてきた「稲生」ものの新たな名作として、妖怪好きに広くおすすめしたい。
なお、「稲生物怪録」の舞台となった三次には、この春「湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)」がオープンした。あとは貞子の生まれ故郷・伊豆大島に、「幽霊ミュージアム」ができれば完璧なのだが……。